Masato

ドリームプランのMasatoのレビュー・感想・評価

ドリームプラン(2021年製作の映画)
4.4

試写会にて

セリーナとヴィーナスウィリアムズを世界王者にした父親の物語

安定のウィル・スミス映画!家族みんなの明るさや父親の破天荒さ、底から湧き上がるようなブラック・パワーが王道の伝記映画の展開を盛り上げる。見やすく、誰しもがこの信頼と愛に羨望する最高の物語だった。ハリウッド版ダンガル。ハイテンポ・中弛み無しで144分と長尺だが、体感時間はかなり短い。

セリーナ・ウィリアムズは名前だけ聞いたことあったが、裕福な家庭出身かと思っていた。まさか、コンプトン出身だったとは。コンプトンはアメリカでも屈指の犯罪率で、殺人による死者数が圧倒的に多い治安最悪の街。NWAやボーイズン・ザ・フッドなどで描かれており、かなり有名。本作で描かれた描写はまだ生温い。

コンプトンを知っている身からすると、ここからテニスプレイヤーを出したというだけで父親の凄さがよく分かるし、逆にここまで破天荒でないとテニスプレイヤーにはならなかったはず。男はギャングかラッパーになるしかない世界だし。

伝記映画を作るとなると、順当に行けば姉妹が主人公になる筈だが、そこをあえて父親を主人公にしたことが本作の面白さ。プロットは王道の展開ではあるが、リチャードはテニス未経験で常識破りなことをやり尽くすので、どの方向に転ぶかが分からない展開が多くて楽しかった。

そして、リチャードのキャラクターの描き方が凄まじく良かった。頑固で意地っ張りで厳しい。だけれども、面白可笑しくて常識破りで。今で言う新庄監督のような存在。我を貫きまくってムカつくときもあるけど、自分を犠牲にして心から娘に尽くしている以上絶対に憎めない魅力的な人物。危険な香りがプンプンするけど、何故か信じてしまいそうになるマジックをキャラクターに完全に落とし込めていて素晴らしかった。昼はコーチで夜は仕事って、娘のためとは言えど、さぞ大変だっただろうな…

そんな変な人だけれども、彼の選手を育て上げるためのフィロソフィーはスポーツ未経験ならではでもあり、未経験だからこそ生まれた真っ当な考え方であったのが好きだった。

それは、スポーツ選手である前に、人間として魅力のある人物として真っ当に育て上げるということ。幼少期から親にシゴかれて選手になった人たちの末路って、普通の人とはズレてしまって、全員ではないが、結構な確率で不祥事をやらかしたり、犯罪ごとに巻き込まれたりしている。前に映画化されたスケーターのトーニャ・ハーディングは暴力沙汰を起こしてしまったり、本作でも同様のシーンが描かれている。子役もこき使われて人格が歪んでしまうケースがある。あの愛ちゃんもああなってしまったり。

そんなふうにはならせまいと、リチャードはテニス選手になるよりもまず勉学、道徳を学ばせる。年齢に相応しい生活をさせてあげる。経験者であるコーチらは積極的な特訓や試合出場を勧めるが、本人は断として譲らずに娘たちに普通の生活をさせようとする。このフィロソフィーに心底感心した。特に、決して驕らずに常に謙虚でいることを教えるシーンには感動した。

だが、そんなリチャードも、あまりにも我を貫くあまりに我が先行してしまい、娘たちの意志を尊重しなくなったり、支えてきてくれた妻にキツく当たったりとする様もまた、完璧ではない彼なりの人間臭さがあって良かった。

彼もコーチたちの助言をハナから理解していないということはなく、このままだと夢が潰えるかもしれない…という不安はあっただろう。それでも、娘たちを徹底的にシゴこうとはしなかったのは、そんなことをしなくても、溢れんばかりの才能と、培ってきた「こころ」が世界一へと導いてくれると確信していたからだろう。娘たちの力を信じているから、リスクを覚悟して選んだ選択だったのも感動。自分をかなり犠牲にしている以上、ただの娘頼りな父親ではないことが良い。

そして、最悪の街から這い上がろうとするゲットーパワーも凄かった。黒人社会で白人たちに蹂躪されてきたからこそ、娘たちを白人たちの商売道具にはさせまい。なんなら私がメディアの道具になってやると言わんばかりの姿勢が素敵だった。ここまで強情だったから、誰の道具にもされずに黒人選手として確固たる地位を築けたと言っても過言ではない。周りに流されてしまう私には無理だ。

最後に、リチャードだけでなく、底から明るい姉妹たちの逞しさや妻のリチャードに対する想いと正しき道へと戻してくれる愛情。この家族にして、ウィリアムズ姉妹ありだと思える最高の家族として描いていたのも良かった。心底羨ましい家族だった。

ストーリーに欲を言えば、なぜ父親が娘を「世界一のテニスプレイヤーになる」と確信したのか。まさにテニス訓練中の最中から物語は始まるので、そこのターニングポイントをシーンとして挿入してほしかった。


ウィル・スミスは過去一の演技ではないだろうか。リチャードのシリアスからオチャラケまでの幅の広い演技を見事こなし、ここまで説得力のあるキャラにさせてみせた。文字通り迫真。ゴールデングローブ賞も納得の演技。

主題歌のビヨンセのBe Aliveは、彼女らしい力強い歌声で家族の強さを表現していて最高だった。そこに流れる映像も…とにかくカッコよくて感動。

伝記映画としてちゃんと王道のプロットを踏みつつ、新たな視点や愛や力強さをこれまでになく描ききった最高の映画。必見。
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