らんらん

陸軍のらんらんのレビュー・感想・評価

陸軍(1944年製作の映画)
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木下恵介、1944年。

陸軍省の依頼で制作された戦意高揚映画だが、有名なラストシーンでは反戦の意を描いたとされ、終戦まで仕事が出来なくなり木下監督は松竹に辞表を提出したという作品。

1866年(慶應2年)幕末の西南戦争から1932年(昭和7年)の上海事変辺りまで。小倉から福岡を舞台に、親子3代、軍国主義を染みこませて行く様子を描く。
火野葦平の新聞連載小説が原作とのこと。


表向き口に出るのは「大君のため」「天子様のため」「お国のため」だが、実質は親孝行というか親の希望や遺志を叶えるようであるのが興味深い。
軍国の母である田中絹代は、「男の子は天子様にお返しするもの」「ようやく天子様にお返し出来る」と息子の入隊を形容する。子供は家長である天子様の持ち物であるという論理だ。このセリフの反動がラストシーンとなる。

友彦と小松の飛行機談義は、当時の陸軍VS海軍の権力争いを描いているように見える。
笠智衆に「軍のすることに間違いはない」と言わせて逃れてはいるが、「海洋飛行機など不要」と言い張った陸軍の立場からすれば、意味不明な飛行機不要論を暗に笠に揶揄させるという苦々しい荒技となっている。

冒頭で描かれる、(軍設立の発端としての)襲いかかる恐怖、侍の「殿への私的な忠義心」という言葉も興味深い。

しかし、この作品は1944年(昭和19)12月に公開された。既に米軍はサイパン上陸、特攻隊の出撃も始まっている。8ヶ月後には終戦を迎える。
何の権力も持たない当時の市井の人々が、この作品の一見整ったきれいで表面的なプロパガンダを、真面目に、どれだけ自分のものとして受け入れていたか個人的には少し疑問である。
最終的に、または通奏低音的に場面場面で親子の情に回収されて行く、その人間ドラマとして本作は映画として成立しているように見える。
今回はスコア無しです。


『窓ぎわのトットちゃん』を最近観て、本作がオマージュされているというので興味を持って鑑賞。初見でした。

確かに田中絹代が家を飛び出し、出征の行進に沸き立つ群衆の中を走る様子と、トットちゃんの疾走は良く似ていた。社会を逆走するとでも言うのだろうか。
田中絹代が見せる笑顔は、『PERFECT DAYS』の役所さんに重なってしまった。トットちゃんは笑いません。

ちなみに黒柳徹子さんは1933年(昭和8年)生まれなので、本作ラストシーンの頃に生まれた事になりますね。公開時は11歳です。(作品に関係なくてすみません…)
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