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ソウルフル・ワールドのambiorixのレビュー・感想・評価

ソウルフル・ワールド(2020年製作の映画)
4.4
うだつのあがらない非常勤音楽教師のおっさんが中学校の校長から正式採用を持ち掛けられるんだけどちっともうれしそうじゃないというのは実は当人プロのジャズミュージシャンになる夢を諦めていなかったからでそんな折に昔の教え子がやってきて憧れのジャズバンドへの参加を打診してきたもんだから有頂天になっちゃって街中を爆走してるうちにうっかりマンホールにはまって死んでなんやかんやあって転生した先が猫だった…というなろうアニメも真っ青の導入ですが、でもよくよく考えたら人生のベクトルが上向きになったところで主人公が死んじゃうなろうなんてのはほとんど見たことがないし、なんなら最近のなろうは主人公の前世の描写を完全に省いたり、もっというと主人公はもともと異世界の住人だった、みたいな作品の方が主流なので全然なろうじゃねえ。
この映画がユニークなのは冒頭の長ったるい文章で割愛した「なんやかんや」の部分、とくに生前の世界の設定ですよね。そこでは人間未然のソウルたちが適宜性格を割り振られたり、リンカーンやコペルニクスやガンジーなどの、つまり人生の中で何かを成し遂げた偉人たちから「きらめき」(その人の個性だったり得意分野だったり人生の使命みたいなものだろうか)を受け取ったりしながら人間として生まれ出る瞬間を今か今かと待ってるわけですが、この絵面がもう面白い。
もちろんその中には「生きる目的が見つからないから生まれたくない」かなんか言って外の世界に出ていくことを頑なに拒む文字通りの反出生主義者みたいなやつもいて、この反出生主義者、通称22番と、死後の世界から落ちてきてこの子のメンター役を務めることになった主人公ジョーとが出会い、ひょんなことから前者の魂が病院で昏睡状態にあるジョーの肉体に、後者の魂がかたわらにいたセラピーキャットに憑依してしまう。で、ここからドタバタの珍道中が繰り広げられるんだけど、笑えると同時に俺はこのシーケンスの間中ボロボロ涙をこぼして泣いてました。なぜって、はじめて人間界に触れた22番があまりにも楽しそうなんだもの。安っぽいペパロニピザをうまいうまいっつって食ったりどこにでもあるような床屋の椅子にワクワクしたりあげく道端のきったねえ排気口に寝そべって空を飛んでみたり。見るものすべてに新鮮みをおぼえ一瞬一瞬を噛み締めながら生きている。
一方のジョーは猫の視点から自分の姿を見ることで、自分がいかにこれまでの人生をおざなりに生きてきたか、いかに他者と真っ正面から向き合うことから避けてきたか、というのを否応なしに相対視させられるのである。ここのくだりはジョーからジャズを抜いた俺のようなゴミ人間にはぶっ刺さりまくりだった。22番が遺していったピザの耳やドーナツの切れっ端や鳥の羽をジョーがピアノの上にひとつずつ置いていくあそこの場面のすばらしさ。一見なんてことのない日常のありふれた一瞬一瞬をかけがえのないものとして肯定すること、これこそが人生のきらめきだったんだ。
勇気を出して人間界に飛び込んでいった22番がその後どうなったのかは描かれないし、ジョーに関しても服装がスーツじゃないのでジャズメンになる夢に見切りを付けて教師になったのか、あるいはそのどちらでもないオルタナティブな未来を選択したのかもしれないけど、そのへんにあえて答えを出さないラストもよかった。ディズニー・ピクサーのアニメってそんなに見てる方じゃないんだけど、少なくとも今まで見てきた中では文句なしの最高傑作だと思います。
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