柏エシディシ

Mank/マンクの柏エシディシのレビュー・感想・評価

Mank/マンク(2020年製作の映画)
4.0
映画史上最高傑作の誉れ高い名画「市民ケーン」に挑む天才の所業。
フィンチャーでなければ、作れなかった映画。題材的にも技術的にも。
「古典」を蘇らせながら、見事に今の映画として再興再構築してみせている。
圧倒された。途轍も無く面白い。

何故、今「市民ケーン」なのか?
大統領選挙が終わったこのタイミングであれば納得が出来る。
アメリカという国が戦っているものの本質は80年前と何ら変わらないのかもしれない。
ハリウッドの作り手たちが映画に何を託してきたのか。映画には何が出来るのか。そして、何を違えて来たのか。
フィンチャーなりの答えと問い掛けの様な作品に思えた。

フィンチャーの新作もいよいよNetflix公開。しかし、本作は絶対に映画館で観るべき。
先ず撮影と音響が尋常じゃない。
冒頭、登場人物が喋りはじめた台詞の響きでこの映画の拘りが普通でない事が判る。明らかに「今」の音じゃない。
そして、昨今の色彩さえ想起させられるようなクリアーな所謂「モノクロ」とは違う、本当の「黒」の画面。
昔、名画座で古い映画をフィルムで観た時の「あの感触」が思い起こされる。
戦前のハリウッド映画の質感を最新の技術で再現するというフィンチャーの狂気の完璧主義が驚異的。

そんな技術的な拘りが小手先の懐古趣味や自己満足で終わらない脚本と演者のパフォーマンスがまた、素晴らしい。
オーソン・ウェルズの天才性は何度も振り返られてきたと思うけれど、脚本家ハーマン・マンキーウィッツにここまで注目されて来た事ってあるのかな?
皮肉屋で冷笑家でありながら、熱情を胸に秘める"マンク"をゲイリー・オールドマンが最高に魅力的に演じている。

彼を取り巻く女性たちも素晴らしい。
特に、マリオン・デイビスの人物像の「再解釈」は、タランティーノがOATHでシャロン・テートを映画的に救済したのと同じ位、映画史的には意義がある様に思う。アマンダ・サイフレッドだからこそ観客も共感を寄せる事が出来たと思う。

後の名監督"ジョー"マンキーウィッツをはじめ、実在の人物たちのここでは語られない物語の余白や仄めかしが、また面白い。コーエン兄弟の「ヘイル!シーザー」の様なハリウッド奇譚的な楽しさ。

映画の核となるウィリアム・ハーストの事はもちろんだけれど、もし、判らない、知らない。ならば調べて学べば良い。
思えば、私たちが映画を通じて教えられてきた事、新しく開かれた事の何と多い事か。
昨今の映画は観客になんでも説明し過ぎな様にも思う。
その深遠と奥行き、それもまた映画の魅力であると思う。
柏エシディシ

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