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シャン・チー/テン・リングスの伝説のEikeのレビュー・感想・評価

3.4
Avengers: End Gameで大きな節目を迎えたMarvelスタジオだが、本作はその後、初めて紹介されるキャラクターによる完全な新作。
その意味で本作こそが新たなフェーズに入ったマーベル映画シリーズの第一弾ということになります。
独立した物語として過去のMCU作品の知識が無くても問題なく楽しめる内容になっております。

本作を見て率直に感じたのは「ものすごくお金のかかった香港映画」であるという事。
Marvelの作品らしくCG効果をふんだんに使ってクリーチャー群や神秘的な世界が描かれておりますが、その部分を省けばそこに残るのはスピーディーでアクロバティックなおなじみのカンフーアクション篇であり、肉親との愛憎半ばする人間関係を縦糸とした確執を描いたドラマで、日本人にもなじみやすい普遍的なテーマの作品と言えます。
特徴としてはハリウッド製でありながら、アジアンテイストが濃厚である事。何せオープニングの15分とラストの5分の舞台がサンフランシスコである以外はマカオに始まって何処とも知れぬアジアの伝説の地が舞台。
また出演者もほぼ99%がアジア系で占められていてアメリカ製の娯楽映画としてはやはり異色作と言えましょう。

主人公のシャン・チーは神秘の力を備えた父母の下に生まれた、「生まれながらのヒーロー」。
そんな彼が試練に立ち向かい自分の運命を切り開いていくという内容は正に「王道」のヒーロー誕生談。
本来なら「今更」な印象が生じても当然でしょうが、その点は巧く回避できていて、さすがに25本もバラエティに富んだヒーロー映画を次々に打ち出して来たマーベルスタジオだけの事はあります。
実はストーリーやビジュアルについては可もなく不可もなしと言うのが率直な感想。
良くも悪くもアメコミ映画は既に飽和状態にあり、もはや何か目新しいもの期待することは難しい段階に達している気がするから。
では作品の良し悪しを左右するものは何なのか?

本作はこれまでのマーベルの諸作とは異なる異文化=アジアンテイストを中心にした物語を構築しておりますがこの方法論自体はBlack Pantherで実践済み。
Black Pantherがアフリカ大陸の謎のワカンダ王国のチャラ王子を主人公にしたシリアスなトーンの物語であったのとは異なり、本作はオープニングから意識的にどこかリラックスした雰囲気を醸し出しております。

主役のシム・リウ氏はカナダ人でTVドラマではレギュラー出演を果たしていたそうですが映画としては2013年のパシフィックリムにエキストラとして出演した経験程度であったそうです。
本作の成功を支えた理由の一つは知名度の低かったリム氏の「飾り気の無さ」にあるとは言えそうです(悪く言えば「華がない」とも言えますが)。
一見、どこにでもいるようなごく普通の若者が一たび危機に見舞われると圧倒的な身体能力の高さで超人的な活躍を繰り広げる。
それこそ正に漫画映画として王道の展開。
しかし、顔や正体を隠すわけでもなく、超人ではない(現時点では)主人公には「スーパーヒーロー」のイメージが湧きにくいのも事実。
そのため結局やっている事はジャッキー・チェンと同じではないかと言う気もします。
それでも彼のおっとりとしたルックスと癖のない物腰と激しいアクションのギャップ自体はアピール力もあると言えそうです。

本作の成功を支えているもう一つの要因はヒロイン、ケイティを演じたオークワフィナの存在感。
小柄でお世辞にもハリウッドスターらしさのないヒロインですが演じるオークワフィナ嬢は自分の名を冠するレギュラー番組”Awkwafina Is Nora from Queens”を持つほどの人気のコメディエンヌであり又ラッブシンガーでもあります。
映画やTVで声優としても何本もの作品に出演する売れっ子であり、既にゴールデングローブ賞も受賞している「ベテラン」。
彼女扮するショーンの同僚のケィティの前向きな「ぶっちゃけキャラ」が相棒を担っているおかげで激しいアクションが続いても血なまぐさくならず、またショーンを巡る家族の確執部分が重苦しくなり過ぎないものになっている気がいたします。
それとショーンとケイティの間にある友情以上、恋愛未満の関係性は日本人としてもアニメや漫画等でおなじみの表現であり、親近感を沸かせる設定と言えるでしょう。

もう一点成功要因として挙げるべきは監督と脚本を担当したデスティン・ダニエル・クレットンの起用。
この内容からてっきり香港映画界との関連がある人物と思いきやどこかで聞き覚えがある名前だと思っていたらこの方、2013年公開の快作”Short Term 12”のクリエイターだったのだ。
基本的にインディー系のクリエイターである事は間違いなく、そんな彼に製作費2億ドル(230億円)の大作を委ねた訳ですから驚きです。
おそらくスタジオ側の口出しも厳しいものではあるのでしょうが先述したショーンとケィティの関係性やシリアスさに過剰に傾かないよう、誰が見ても楽しめる作品に仕上げたあたりにも力量は感じることが出来ました。
本作の成功によって活躍に弾みがつくのではないかとShort Term 12を非常に気に入った者として楽しみになりました。

本作はスタジオ側の予想を超えるヒットになっており、Marvelスタジオの今後の展望に明るいニュースをもたらしたと言えますが少々複雑な感想も。
本作は「香港映画のテイストを取り入れたアメリカ製の超大作」と言う印象が湧くのだが、そこには一抹の寂しさも付きまといます。
というのは70年代後半辺りからあれほどの隆盛を誇った本家の香港映画はもはや風前の灯ともいえる状態にあるから。
大陸の巨大資本に取り込まれ、特定のトーンを備えた作品のみが公開を許されるような状況下ではかつての様な洗練されてなくともパワフルな、そしてその創造性が世界のクリエイターにインスピレーションを与えるような影響力を再び生み出すとは到底思えませんから。
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