りっく

hisのりっくのレビュー・感想・評価

his(2020年製作の映画)
4.5
性的な匂いを漂わせずに、同性愛者の青春のひと夏の淡い恋心を描いたドラマ版とは打って変わり、本作は同性愛者がこの世界で愛し合い所帯を持つことの困難さを入り口に、模索しながらそれでも現代を生きる人々の生き方を多角的に照射してみせる。このスケールの映画から発せられる普遍性にまず驚かされる。

大きな社会や世間の中で、こうあるべきだという常識や理想を押しつけられる生き辛さ。一方で、小さな社会である田舎にはまた別の生き辛さが存在する。

本作はまず個々と「社会」の距離感を強烈に意識させたうえで、同性愛者はもちろんのこと、離婚調停の相手であるキャリアウーマンもまた傷つきながら懸命にいまを生きているというフェアな視点を向けるのを忘れない。そこに非常に好感が持てる。

そんな中で本作で唯一、こうあるべきだという価値観を持たず、無邪気に全ての人間の幸福を願い、純真無垢な存在である娘。彼女から発せられる幼いゆえの疑問の数々がより物語を複雑化させていく展開は時にやや作為的な印象を受けるのも事実だ。

だが、彼女の混じりっ気なしの優しさが伝播し、世間一般の敵味方や善悪や勝敗という価値観をもねじ曲げ、断ち切り、相手を思いやり、懐に飛び込んでいく様は強烈に胸が締め付けられる。

校庭で自転車に乗る娘を見つめる3人の親。娘にとっての幸せな環境とは何かという正解のない問いかけに対する校庭を俯瞰で映し出すラストショットの美しさよ。まるで日本版「マリッジストーリー」と言っても過言ではない深い余韻を残す傑作だ。
りっく

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