かすとり体力

アフター・ヤンのかすとり体力のレビュー・感想・評価

アフター・ヤン(2021年製作の映画)
3.8
とにかく「静謐」というフレーズが似合う映画。

もはやアンビエント・ミュージックならぬアンビエント・ムービーと呼んでも良いようなレベルで、観賞者側の世界と映画内の世界が干渉し合わず、同時並行で存在することを許容するような、独特の空気感を醸し出していることがまず何より印象に残った。

最近観た同じA 24制作の『ムーンライト』も「薄味だがお出汁がしっかり効いている」系作品で、本作もかなり近い雰囲気はあるものの、本作の方がより本質的に「空(くう)」に近い感じ。決して悪い意味ではなく個性として。

この雰囲気の醸成に寄与しているのが、本作の独特の世界観演出。
非常にミニマルな生活感であったり、人種の多様性であったり、近未来という前提をベースにしたとても自然な世界観を一種ファンタスティックに表現することに成功している。

お話の内容も、観始めたときは「あ、『さようならドラえもん』をリアルにやろうとしてるのね!おもしろそ!」と思ったものの、そうそうにヤンが故障してそれとは違うかなり変わった展開に。

いやぁこの展開も練り込まれていてとても良い。

故障したヤンの体内に、毎日数秒間の動画を撮影できる装置が組み込まれていることが分かり…って、そんな独創的かつ面白そうな展開、よく思いつきましたですな!!

それにより自ずとミステリー的な要素も散りばめられつつも、過度にその解明を目的とするわけでもなく物語が進行するというその絶妙なバランス。とても良かったです。

以下、各論で2点。
最近こういうロボット・AIものを観ると、ロボットやAIが人間に近づいて来ているというよりも、アルゴリズム的な視点で観た時に我々がロボットとどう違うのだろうという問いが立つというか、

むしろ「人間は元来、ロボットと同じ意思決定や感情の持ち方しかして来なかった存在なのでは」という、我々人間がロボットに近づいていくという感覚がとてもあります。

本作に置き換えていうと、ヤンの感情はプログラムなのか恋心なのかという問いよりも、そこから敷衍して「我々人間の感情に、ロボットでいうところのアルゴリズムを超える複雑性というようなものが果たしてあるのだろうか」という問いとして現れて来る感覚が強くある。

当然すぐに答えが出る問いではなく、だから何?的な問いでもあるんだけど、この問いは何かこれからの時代において本質的な問いたり得るし、そういうアプローチの映画作品なども出て来るんだろうなと思ったり。


また、本作終盤で描かれる、主人公のジェイクがエイダと森を二人で歩いているシーンのあの演出!!度肝抜かれました。
あれ、小説とかだと出来ない演出だよね。

とにかくまず映像的なインパクトが網膜からどーんっと来て、「え?え?ちょっと待ってこれどういうこと?」って後から意味が追いついてくるような。という意味で非常に映画的な素晴らしい演出だと思った次第。
やっぱ映画っておもしれ。

ということでとても良い作品でした。
本作にしかないような空気感も味わえる作品につき、静かな映画に抵抗のない方には強くおすすめ。
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