カツマ

ディスコのカツマのレビュー・感想・評価

ディスコ(2019年製作の映画)
3.5
もはや縋る以外の道がない。もがけばもがくほどに引きずり込まれ、信心という名の傀儡師が毛細血管の一本一本にまで糸を通し、マリオネットのように踊らせるのだ。そこにあるのは底なし沼のような監獄、溺れるダンス。だが、救いを求める人間には更なる受け皿が必要だった。信心へとのめり込む底の深さと、そこに至るまでの過程を不穏な舞踊のように彷徨わせる作品だった。

東京国際映画祭2019、コンペティション部門にラインナップされたカルト臭漂うノルウェー映画。一見、幸福な家庭の中で育ち、何不自由ない生活に思える少女の囚われゆく信心の裏側を徐々に炙り出すように描いた。キリスト教信仰にのめり込む欧米諸国の現状を極限のリアリティと共に映像化し、実直なリサーチと観察力が身を結んだ作品だと言えそうだ。気付くことすら出来ない神という名の鉄の鎖が、舞わんとする彼女の足に錠のように絡みつく。

〜あらすじ〜

そこは華やかなダンス大会の舞台。その日もミリアムは圧巻のダンスを披露し、何度目かの優勝を飾っていた。毎回のようにダンス大会で優勝カップを手にしてきた彼女だが、家族からの祝福とは裏腹にそのカップを抱える顔はどこか不安げ、それは幼い頃からのトラウマが彼女の今に影を落とし、心が拠り所を求めていたためだった。
ミリアムの家族は揃って深くキリスト教に心酔しており、ミリアムもまた教団のイベントで歌声を披露したりと精力的に活動していた。しかし、義理の父親は宗教にのめり込むあまり母親とギクシャクし、当の母親はミリアムの過去についてはハッキリと語ろうとはしなかった。
そんな最中、ミリアムは少しずつ精神の安定を失っていき、ついにはダンス大会で倒れてしまい・・。

〜見どころと感想〜

この映画には緩やかな過程がある。家族と幸福に見える日々を送りキリスト教を信じる序盤は何ら欧米の家庭としては一般的な姿だろう。しかし、その一般的だと思われる姿こそがすでに沼の入口だった。さりげない勧誘が伏線となり、現状の信心で救われない主人公の心を更に過激な儀式へとのめり込ませる。この映画の怖いところはごく普通の人々がキリスト教に心酔し、いつのまにかカルト化しているという事実だろう。勧誘者の女性の普通人の佇まいが、後半に進めば進むほどにホラーだった。

主演のヨセフィン・フリーダ・ペターセンによる健康的な美貌が段階的に神の奴隷と化すことにより、その表情に抑揚が無くなっていく様が胃が痛くなるほどに悲痛であった。幼い頃からキリスト教が身近にあるというベースがあり、そこから抜け出すということ自体が非現実という状況に加え、トラウマによる心の傷からドクドクと溢れる血が抑えきれなくなった時、彼女はいよいよ深いところまで潜ることをやめられない。これこそが現代のカルト化した宗教の闇であり、すぐそこにある底なし沼の姿だった。

〜あとがき〜

ようやくといった感じですが、今年も東京国際映画祭に参加しています。その一本目となった今作ですが、『エヴォリューション』のような映像美とベルイマンの『冬の光』にも似た語りを合体させ、カルト宗教に陥っていく人々のリアルを淡々と描いています。

語りの部分がそこそこ長いため、個人的には睡魔との激闘となりました。とはいえ、ラストの終わり方なんかは北欧映画っぽくて良かったですね。結局そこに出口はあったのか?溺れる者は藁をも掴むとはよく言ったものですね。
カツマ

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