SANKOU

悪なき殺人のSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

悪なき殺人(2019年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

あるフランスの冬の高原で一人の女性が失踪する事件が起きた。
様々な登場人物の目線からやがて事件の全貌が明らかになっていくのだが、それは途轍もない偶然と勘違いの連鎖から起きた事件だった。
邦題は『悪なき殺人』だが、正確に言えば『悪意なき殺人』だろう。
確かにこの映画に登場する人物は、自身にとって正当性のある行動を取っている。
しかし彼らは決して潔白な存在ではない。
これは不実の連鎖によって起こった事件であるとも思った。
アリスは牧場を営むミシェルという夫がありながら、同じく農夫のジョゼフと関係を持っている。
彼女は純粋に母親を亡くして精神が不安定になっているジョゼフを救いたくて彼の心に寄り添おうとしたが、次第に彼を愛するようになってしまった。
しかし女性の失踪事件以降、不可解な行動を取るジョゼフ、さらに夫のミシェルに彼女の心は乱されていく。
実はこの映画の中でアリスが一番事件の蚊帳の外にいると思った。
事件の間近にいながら、ただただ彼女は戸惑うばかりの存在だ。
行方不明になったエヴリーヌは死体となってジョゼフの敷地内から発見される。
何故かジョゼフは警察に通報するどころか死体を咄嗟に隠してしまう。
やがて彼は家畜用の牧草の中にエヴリーヌの死体を隠し、夜になると彼女と添い寝するようになる。正直ジョゼフの行動はかなり不気味で、この映画の中で彼の行動が一番怖かった。
しかし彼の中ではエヴリーヌに寄り添う正当な理由があるのだろう。
彼はエヴリーヌの死体を引きずり出そうとした愛犬を射殺してしまう。
そして納屋が安全でないと悟った彼は、エヴリーヌの死体と共に崖の上から身投げをする。
この彼の行動が事件を更にややこしくするのだろう。
さて、殺されたエヴリーヌにも疚しいところはあった。彼女は結婚しているがレズビアンであり、マリオンという一回り以上も年下の彼女と関係を持っていた。
マリオンは完全にエヴリーヌに夢中になっているが、エヴリーヌはあくまで彼女とは軽い仲でありたいと思っていた。
だからエヴリーヌはマリオンが高原にある自宅を訪ねてきた時はかなり困惑する。
最終的に彼女は手切れ金を渡してマリオンとの縁を切ろうとする。
そしてそれを最後にエヴリーヌは失踪してしまう。
全ての事件の真相が分かるのはミシェルの行動が明らかになってからだ。
彼はこれまでもかなり不可解な行動を取り続けていたが、彼こそがこの事件の中心にいたことが分かる。
ミシェルはアリスに隠れてネット恋愛をしていた。
しかしその相手は遠くコートジボワールに住むチンピラ詐欺師のアルマンだった。
このフランスから遠く離れた地に住むアルマンの軽はずみな行動が、この事件のきっかけを作ったと言ってもいい。
彼は巧みにミシェルを誘惑して金を騙し取る。アルマンにも金を工面しなければいけない理由があったのだが、様々な偶然が重なり、ミシェルはエヴリーヌを訪ねて高原を訪れたマリオンをネット恋愛の相手だと思い込んでしまう。
アルマンはミシェルから金を引き出すために、自分が借金取りに追われていると作り話をする。
こっそりマリオンの後をつけていたミシェルは、エヴリーヌがその借金取りだと勘違いしてしまう。
ミシェルは正義感からエヴリーヌを殺してしまう。そしてその死体をジョゼフの牧場に放置する。
彼はアリスがジョゼフと関係を持っていることに気がついていた。
ミシェルは何も知らないマリオンに接近するが、追い返されてしまう。
事の真相を知ったミシェルがコートジボワールまでアルマンを探しに訪れる姿にはゾッとしたが、結末は思ったほど後味の悪いものではなかった。
伏線の回収は素晴らしく、最後に登場人物が皆どこかで繋がっていることが分かるのも見事だった。
しかし展開があまりにも計算され過ぎていて、やや興ざめしてしまうところがあった。
結局人は偶然には敵わないということだが、これは悪意はないかもしれないが、人間の不実が生み出した必然的な事件であるとも思った。
ただただエヴリーヌに会いたい一心で行動を起こしたマリオンの悲痛な叫びが胸に突き刺さった。
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