SANKOU

ミナリのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

ミナリ(2020年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

ミナリとは韓国のセリのことである。雑草みたいにどこでも育ち、お金持ちも貧しい人も誰でも食べることが出来る。具合が悪い時には薬にもなるワンダフルな植物。
この映画は1980年代に農業で一山当てることを夢見て韓国からアメリカのアーカーソン州に引っ越してきたジェイコブ一家の物語。
冒頭荒野に建つ一軒の古びたトレーラーハウスを見た妻モニカの唖然とした姿から、ジェイコブの叶えたい夢と彼女の間には大きな隔たりがあることが分かる。
長女のアンはしっかり者だが、弟のデビッドは心臓に病気を抱えており、そのこともモニカにとっては病院からも程遠いこの地で暮らすことへの大きな不安となっている。
周りからは変わり者と思われているが信仰心の厚いポールの手助けを借りながらも、ジェイコブは少しずつ荒野を耕していく。
やがて韓国から呼び寄せたモニカの祖母も家族に加わる。
字も読めず、料理も作れない、孫たちに教えられるのは花札だけという何ともイカついおばあちゃんの行動に最初は拒否感を示していたデビッドだが、次第に真正面から受け止めてくれる彼女の温かい心に触れ、彼女を慕うようになっていく。
祖母はアンとデビッドと共に小川のほとりを訪れ、ここならミナリが良く育つと種を撒く。そこは蛇が出るから父から近寄っては駄目だと言われていたところだ。
デビッドが蛇を見つけて石を投げると、祖母は見えているうちは安心だ、本当に怖いのは隠れて見えない時だとデビッドに囁く言葉が何だか耳に残った。
地下水が干上がってしまったり、卸し先の心変わりによって作物が売れなかったりと、ジェイコブの始めた農業は苦難に見舞われる。
ポールは次は上手くいくさとジェイコブを励ますが、ジェイコブは苛立ちを募らせるばかりだ。
信仰心に厚く全てを神に委ねるポールに対して、ジェイコブは科学的に根拠のないことは信じない人間だ。
アメリカの地に来て最初はパワフルに動き回っていた祖母が、ある日突然脳卒中で倒れてしまい、身体が不自由になってしまう。
モニカはこの土地に見切りをつけてカリフォルニアに移りたいと考えているが、ジェイコブは夢を手放すことが出来ない。
子供たちに父親が成功する姿を見せたいとモニカに話すジェイコブだが、果たしてそれは本当に家族のためなのだろうか。
家族よりも自分の夢を優先させようとするジェイコブに、モニカは祖母やデビッドのことを考え別居する話を持ち出す。彼女の心は夫の夢と家族の生活の間で揺れ動く。
しかし、この物語はいつも思わぬ方向に人の運命を導いていく。
デビッドの心臓は良い方向に回復していた。水が良いからなのか原因は分からないが、医師は今の生活を変えるべきではないと主調する。
そして無事に育った作物の売り先も決まり、ようやく農業も軌道に乗り出す。
結果的に全て上手くいったからそれでいい、とはモニカには考えられなかった。
ジェイコブが家族よりも夢を優先した事実は変わらない。
もし農業が失敗していたら、一家はバラバラになっていた。そんな先の見えない相手と一緒に同じ方向を見て歩むことは出来ない。
二人はお互いに別れることを受け入れようとする。
しかし更なる展開が二人を待ち受ける。良かれと思い、祖母が不自由な身体で農作物の貯蔵庫のごみを燃やしていた時に、火が貯蔵庫に燃え移ってしまったのだ。
必死で貯蔵庫から作物を運び出そうとするジェイコブ。モニカもそれを手伝う。
火の勢いは止まらず、一瞬ジェイコブはモニカを見失う。
するとジェイコブは作物を諦め、モニカの身を守ることを優先する。
結果的に彼は夢よりも家族を優先させたことになる。
それは祖母の行動の結果なのだが、自分の過ちを許せない彼女は家族から離れようとする。
心臓に負担がかかるから走ることを止められていたデビッドが、走って祖母を連れ戻しに行くシーンは胸が熱くなる。
色々な災難が降りかかるが、結果的にそれは一家にとっては良い導きとなっていく。それでも祖母の心のように、結果が上手くいったからといって自分の失態を都合良く取り消しにすることは出来ないだろう。
しかし、本人が望む、望まないに関わらず、運命とは思いもしない方向に人を導くものである。それにひとつひとつ意味付けをしてもしょうがないのだと思う。
結果的に祖母が植えたミナリが、一家を救うことになるのかもしれない。
誰にも先のことは分からない。ただミナリのようにどこでも地道に根を張って生きていくしかないのだと思う。
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