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リチャード・ジュエルのotomisanのレビュー・感想・評価

リチャード・ジュエル(2019年製作の映画)
4.2
 悪党面でも主役は張れるが、ポールの場合、実際のリチャード似ということなのか?
 オリンピックで浮かれる協賛コンサート会場を爆破するような人間のポートレートに合致するのはこういう男だとリチャードを指してFBIは主張したのだが、証拠不十分なまま見込み捜査が暴走し、功を焦る地元紙も尻馬に乗って暴走に拍車をかける。
 第四の権力とか言われてすでに久しい世紀末、国家権力に枕営業を仕掛けて掴んだガセネタによくも踊ったものだ。しかし悪く取るなら、もともと建国時代、政見表明の手段のひとつとして各地の論客が、自身を権力の中心に据える事の良さを吹聴するため飛ばしたペーパーが起こりの新聞のホンネは既存権力の監視も公正報道も知った事では無いのかもしれない。ごく一部ではあろうが。
 では、地元アトランタの面目を保った英雄リチャードの失墜で記者キャシーは何を得るのだろう、スクープをものにして昇給昇進するのか上級紙からのオファーだろうか。なんにせよリチャードの母の会見場の隅で流れる涙にそれらの夢全てが潰える事を予期したと思う。
 そして、悪党面でさえないポールにうんざり気味の観客はやがて、FBIの公式の尋問に至って遂にポールの面目躍如を目の当たりにするだろう。捜査官の決めつけるような切込みに対し、反問の形で応えるポールは輝かしい。発言は淀みなく実に真っ当な異議の申し立てになっている。これに返答も切り返しもできないFBIはその時一体どんな魔法から覚めたのだろう?
 ここに至るまでの任意の取り調べ、家宅捜索と証拠品押収、フライング紙での対決までにリチャードの不甲斐ないまでの受け身な態度にはうんざりさせられたけれど、この我々のウンザリ感自体が、現にリチャードを怪しむ人々、すなわち旧職場の学長も捜査官らも見下し見くびった不審者リチャードへの不信感と通じるものだったかもしれない。それならそれで、そう見えるものはしようもない事だろう。しかし、リチャードが常に口にしていた"法執行官"という言葉にリチャードの一介の警備員の身の上を重ねて侮りを覚えていたのなら、せめてこんな物語に描かれる我が身から報いを受けるべきだろう。そして、リチャードはFBIの尋問に対して述べたように権力がその権威性で人を圧して証拠不十分を顧みず不正を通してしまいかねない事への疑問を常に自らへも問う事がいいだろう。事件後12年の生涯であるそうな。いい警官で終わった事を想像したい。
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