近本光司

消された存在、__立ち上る不在の近本光司のレビュー・感想・評価

3.0
ベイルートのどこか。壁面に幾重にも貼られてた朽ち果てたポスターに、男は慎重にカッターナイフを入れ、なにかを探り当てようとしている。やがて露わになるのは、かつて15年もの長きに及んだレバノン内戦で行方不明となった人々の肖像写真の一群である。男は資料をひもといて、行方不明者の写真の貼られた壁に、ひとりひとり名前を書き込んでいく。彼らは内戦の混乱に乗じて、自国の兵士によって殺害され、そのまま葬られた国民だと考えられている。レバノン政府はその事実を認めず、投げやりにベイルートにモニュメントを立てて、不都合な歴史を隠蔽する。戸籍では死者の名には取り消し線が引かれる一方で、行方不明者の名はただ「不死身」の存在として在り続けることになる。遺体が埋められていたごみ収集場は再開発によりコンクリートで塗り固められた。存在を抹消し、その存在にまつわる記憶を隠蔽する。このドキュメンタリーは、そうした国家による「完全犯罪」に、痕跡をたどってほんのわずかばかりの抵抗を試みるものである。