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すばらしき世界のAWのネタバレレビュー・内容・結末

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

主人公・三上が周囲の人々と確かなつながりを生んでいくたびに心が震えた。恥ずかしながら上映時間の大半を涙ぐんで過ごしたと思う。それから半日後、あらためて心に浮かんできたのは、何気ない、三上が「裁縫」をする姿だった。裁縫。布と布とを糸で繋ぎ合わせること。その縫い目が美しいと周囲の女性から褒められる三上。刑務所で学んだという。しかし服役囚がみんなその場でトートバッグを縫い上げられるほど、上達するわけではない。
思い返せば最期の時、三上が手を伸ばしたのは、コスモスだった。花言葉は「乙女の純潔」。元極道の粗野で男性的な殻の下には、本人も無自覚な、可憐な花があったのだ。もしありのままでいられたならば、開いたはずの優しさや繊細さ。生きづらい社会で、しかしその花は、三上自身の力によって隠され、変形させられ、潰されかけた。なぜなら「死ぬわけにもいかん」からだ。きっと僕たちは、誰もが大なり小なり、そうやって生きているのではないだろうか。
三上は調和のなかで、最期を迎えたように見えた。周囲の人々と、変わろうとした自分と、元妻と、社会と、美しい縫い目で繋ぎ合わさった夜に。しかし直接的な死の引き金は、殺意を覚えるほどの強い怒りを呑み込んだストレスだ。そしてその相手こそ、無自覚に誰かを傷つけるけれど、また他の誰かにとっては良心的な存在。つまり、市井の僕たちいちばん近い、劇中の誰よりも凡庸に映し出された人間だった。
おそらく、三上は贖ったのだ。凡庸な僕たちの罪を。そうでなければ、観賞後に湧いてきたこの力のことを説明できない。弱いものを叩く残酷さ、日陰で誰かを傷つける卑怯さ、疎外することで安心する浅薄さ、見て見ぬ振りをする弱さ。傷つかぬよう、外れぬよう、得をするよう、身に付けてきた僕らの言葉とふるまい。その下にあるほんとうの事を、三上は口にする。行動に移す。つなぎ合わせる。そして嵐の夜、すべてをひとりで洗い流すかのようにして、僕たちに気づかせた。大きな空の下にある、このすばらしき、世界のことを。
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