このレビューはネタバレを含みます
思っていたよりずっと温かい気持ちになる場面が多い映画だったのにびっくりした。もっとうちひしがれると身構えていた。そして、全く予想していなかったのだが、最初から泣きまくってしまった。
わたしはスクリーンの中の三上を通して一昨年亡くなったわたしの母のことを思い出し、その度に泣いていた。この映画は、すごく個人的な思い入れのある作品になった。だからこの感想はごくごく個人的な事情を書き連ねる。
この映画の主人公である三上正夫とわたしの母の晩年の生活は重なるところがたくさんあった。もちろん母は三上のような元ヤクザではなかったし刑務所暮らしもしていないが、生活保護を受給していたこと、持病があってすぐには働けなかったこと、長く一人暮らしだったことは同じだった。三上の部屋と母が最後に暮らしていたアパートも、よく似ていた。
でもわたしが泣いたのは、その諸々の事情が不幸でかわいそうだったからではない。劇中で三上はいろんな人たちに出会い、時にはぶつかりながらも見守られ、温かく応援されていた。その温かさは、きっと母も暮らしの中で受けていたものなのだろうと思ったからだ。
母との関係を説明しておくと、わたしは母と折り合いが悪かった。折り合いが悪くなった経緯は流石に脱線しすぎなので割愛。わたしから僅かばかりの金銭的な支援は定期的にしていたが、最後の10年は顔を合わせる機会も少なく連絡も途切れがちだった。だから亡くなる前の母の暮らしぶりは、母の死後に部屋を片付けながらなんとなく知るだけだった。
母は、生活保護を受けるまでは経済的にかなり辛く厳しい生活を送っていた。数年前に生活保護を受給することになり引っ越してからは使える公的なサービスをフルに使って身の回りの面倒を見てもらい、大家さんや隣の部屋の方に良くしてもらっていたという。義理の姉や叔母も何かと気にかけてくれていた。それまで長らく病気や金銭的な事情に苦しんでいた中で、生活基盤が整うことによってどれだけ心が安らいだだろうか。
三上が紆余曲折を経てやっと職を得て新しい生活を送れるようになってからの明るい顔。門出を祝う仲間たちとのやりとり。そんな三上に対して「良かったな」と思いながら、母もこんな風に日々の中でいいことも悪いこともあって暮らしていたんだろうと思ったら涙が止まらなかった。どうして涙が出るのかは分からない。安堵でもあるし、寄り添わなかったことへの後悔でもあるんだと思う。
「すばらしき世界」では胸が熱くなるような言葉がたくさんあった。六角精児の「おめでとう」、キムラ緑子の「娑婆は我慢の連続ですよ。そやけど、空は広いち言いますよ」。
九州の場面ではほとんど泣いていたと思う。西川美和作品では人間が一面でできていないことを常に描いていると思うけれど、「すばらしき世界」の西川美和監督の目線は「人にはいろんな面があるけど、まだまだ捨てたもんじゃない」と誠実に語っているようだった。
一番ハッとしたのは、六角精児扮するスーパーの店長と三上が話す場面。三上が目先のことに囚われて地道に働くことを放棄しようとしていたのを六角精児が宥める。頑固で話を聞かない上にどんどん逆上する三上に対して「今日は虫の居処が悪いみたいだから、この話はまた今度」と六角精児が冷静に伝える。すごい。わたしだったらあんな態度を取られたらすぐに諦めてこんな人と関わるのはやめようと思ってしまうけれど、「今日はだめだけど、また今度話そう」という姿勢を持ち続けることが他人が他人を支える一つの形なのだと知った。六角精児だけではなく、身元引受人の橋爪功、生活保護の役所の担当の北村有起哉、そしてライターの仲野太賀、みなそれぞれが自分の立場からできることを精一杯やっていたのが素晴らしかった。
わたしは母と折り合いが悪かったと自覚すると同時に、昔も今もずっと負い目を感じている。母とわたしは別人格であることは分かっているけれど、「わたしが全て支えれば良かったのに、無責任に投げ出した」と心のどこかしらでいつも思っている。それは、いい時も悪い時も100%受け止める劇中のヤクザの兄弟分のやり方と同じなんだというのも知った。ヤクザのやり方が間違っていると断定しているわけではないのがこの映画のバランスの良いところで、「間違ってはいないけど、そうじゃないやり方もある」と続く道を示しているのが良かったし、個人的に救いになった。
ラストは、なんとなくそうだと予感していたので激しい風雨の中ランニングが一つだけ取り込まれずに揺れているのを見てただただ泣いた。ここも母の亡くなり方と同じだなと思った。
生活が少し整って、そばにいてくれるひとにも恵まれても、人間は死ぬ時には死ぬんだよなあって。秋桜の匂いはどんなだったろう。
わたしが母に対してどうしたら良かったのか正直答えはまだ出ていないのだけど、この映画を見て良かったと本当に思う。
絶対また泣いちゃうけど、もう一回見たい。