素朴でありきたりで、でも特別な恋の物語。観る人の多くが「あった!あったなぁ」と懐かしい気持ちになれる、そんな映画だった。
「イヤホンのLとRから出る音は、同じではない」から「片耳ずつ分け合って同じ曲を聴いていても、実際には全く違う音を聴いている」という音楽系のウンチクから物語は始まる。
「花束みたいな恋をした」という過去形の題名が少し切ないこの物語は、後半に進むにつれ冒頭のLR問題(同じ物を見て、同じことを経験しても「同じ想いを共有している」とは限らない)がじわじわ効いてくる展開が秀逸だ。
回想形式で本編が始まるや、ぼっちの寂しさや仲間の中にいても感じる孤独や心地悪さを描き、本作の主人公、麦と絹それぞれにいたく共感したところでドラマは無理なくふたりを出会わせ、やがて胸躍る恋のはじまりが描かれる。
そのきっかけが押井守なとこが斬新。
好きな本、好きなマンガ、好きな映画に好きなお笑いが一致し、行けなかった天竺鼠のライブチケットをどっちも持ってる。端からみれば単なる「偶然」でも当事者からしたら「奇跡」それが年頃の男女となると最早「運命」に昇格。それよくわかる。
そうなるとお互いの「好き」をもっと共有したくて「ミイラ展」にも行くし「劇場版ガスタンク」も観てしまう。よくわかる。
この映画は脚本も演出も男性。
それ故かダブル主人公のようで、男性側(麦)の感情がよりリアルに描写されているような気がする。
楽しい同棲生活を「現状維持」するために就職したのに、逆にそれがきっかけで徐々に変わっていく麦を演じる菅田将暉くんは今回もさすがに上手い。
仕事を与えられ責任を持たされ信頼を得るために時間を削って努力する麦。読む本が好きな作家の新作からビジネス本に変わる。ふたり一緒の時間も明日の仕事の準備に費やされる。生活収入を得るために。
その横で、変わらず好きなものを楽しみ続ける絹に苛立つようになる。
彼女の方も頑張って働いていて、それでも麦の前では今まで通りに振る舞っていたのは「現状維持のために頑張る」と宣言した彼のために変わらずにいようとしてくれていたのだろう。余裕が出来たらあの頃に戻れるように。
あの有村架純さんに「普通」フィルターが見事にかかっていて、ちゃんと可愛いのに少し野暮ったく何処にでもいそうな女の子にみえる。彼女の演技と「罪の声」の土井裕泰監督の演出により説得力が生まれた結果、絹というキャラクターが男子のドリームガールにならずに済んでいる。
坂元裕二の脚本がこの映画のMVPなのは間違いない。麦と絹のいい人キャラに丁度いいサブカル趣味を盛り込みつつ、台詞やモノローグのセンスで楽しませてくれる。
ほとんどテレビドラマの人だけど、もっと映画をやって欲しいなと思った。
奇跡のように始まった恋愛も、ありがちな結末を迎える。でもこの二人は最後まで相手に誠実だった。そこが尊い。
最後にホッコリしたエピソードを添えて、観客の頬を緩ませてこの映画は終わる。
エンドロールに流れる音楽もありがちな泣かせ主題歌にしなかったところがイイ感じ。
2月に鑑賞後ずいぶん寝かせて、思い出しながらのレビューなのに…この長文。この映画を好きなことだけは伝わりそう。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。