松井の天井直撃ホームラン

ミッドナイトスワンの松井の天井直撃ホームランのレビュー・感想・評価

ミッドナイトスワン(2020年製作の映画)
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☆☆☆☆(嵌れば)

☆☆☆(嵌らなければ)

10/6 少しだけ加筆しました。


『ベニスに死す』

終盤、草彅剛が「海が見たい!」と言った瞬間に、この先の展開は『ベニスに死す』だとピンと来た。

浜辺には若い女の子。差し出す手は届きそうでも届かない。その若さの輝きと憧れは、人生にリセットは効かない為に、どんなに望んでも最早手に入れる事は出来ない。


そしてこの作品は《母親》の物語でもある。

舞台に上がり娘を抱きしめる母親。
どんなに虚飾で着飾って女を演じてみたところで、本物の母親には敵わない。
だからこそ〝 彼女 〟は、本物の母親となるべく大きな決断をする。

一果を取り返すべく対決する場面は。思わず『エイリアン2』での、シガニー・ウィーバーがマザーエイリアンとの対決場面を、ほんの少しだけ思い出した…と言ったら笑われてしまうだろうか💦
シガニー・ウィーバーが小首を傾げ「ふっ!そんな程度なの!」…とばかりに「私こそが本物の母親なのよ!」と言った、強い意志によってもたらされた名場面の再現を、もしも狙っての演出だったならば…と。

作劇的な面を言うと、4人の白鳥がやいのやいの言いながら始まるオープニングが、ラスト少し前に上手く繋げられなかったのは残念。
同じシチュエーションを2度繰り返す事で、前と後では状況が変わっているのは良く用いられる演出で。この作品だと、映画が始まって直ぐに一果と会う場面。
後半では同じ場所・同じ構図ながら〝 新しい母親 〟はその場面には居ない為に、《何かが起きた》のを観客に不安感を与え。
警察が登場する事件は2度起こり。共にお金に関するこの事件が、それぞれの弱い立場にある2人の苦悩を感じさせる。
椅子を投げるのも2度あり、最初はクラスの男の子の差別的発言に対して。2度目は男の性の対象として見られた女の子が、1人の女へと変化する瞬間を。

コンクール場面での2人の少女の立場が入れ替わり悲劇が起こる描写は、秀逸な場面ながら。人によってはやり過ぎに感じる人も居るかも知れない。
また、このコンクールでは。母親が登場し娘を抱きしめながら涙を流す。
思い起こせばその前に、一果がバレエを続けられる様に、安定したお金を稼ぐ為に化粧を落とす。昼間の仕事に出掛ける時に、一果から抱きしめてやはり涙を流す。
(他にも色々と有った筈ですが、今は思い出せないので。思い出したならば加筆・改定するかも知れません)


最初に嵌れば星4つと書いた様に、この作品が好きになった人には、この上もなく愛しい作品になるだろうし。それとは反対に、作劇的な面でこの監督の過去の作品を観ると分かる様に。(資質に関わってくるのかも知れないのですが)トコトン下衆な人間であったり、暴力的な人間を魅力的に撮る術に長けているとも言えるだけに、合わない人にはやはりトコトン合わないのでは?とも思えてくる。
個人的にも、社会から隔絶されて生きて来た人生から見えて来る純粋で天使な顔、、、と言った面が的確に表現されていたのか?はちょっと微妙な感覚は持ちました。

俳優陣の中では主演の草彅剛が絶賛されています。
確かに良かった事は良かったのですが、個人的には大絶賛するところまではいかず…と言ったところ。
但し、映画本編での。一方的に押し付けられた女の子に対して突然目覚める《母性》には、正直に言って仕舞えば。この映画には(個人的な意見として)それ程な演出に於ける説得力は伺えなかった。
でも、それを成立させていたのは。ひとえに草彅剛の演技だったなあ〜と言うのも、また明白だったと思う。

元々は、「面倒くさい子を押し付けられてしまって参ったわね〜!」との思いが強かったのに。
一果がバレエに興味を持っているのを知り。それまでの〝 厄介な子 〟との思いは一変する。

自分のやっているバレエは、他人から見ると一体どう映るのか?

余りにも遊びとおふざけが過ぎてはいないか?

男に生まれて来た事を呪っていた人生!

だからこそ、今を逃してはいけない!

そんな気持ちを抱いたとしてもおかしくは無いのだろう?…と。
それを感じさせてくれたのは、間違いなく草彅剛の存在感だった。
その後に厚い化粧を落とし、自らの虚飾を剥がし落とす。そんな前後の顔の演技で、観客を納得させる力があった。


一果役の服部樹咲ちゃんの不貞腐れた顔は終始なかなかのもの。
本来バレエは上手い筈なのに、バレエを始めた時の動きが、ちっちりとバレエ素人の動きになっている。

一果のバレエ友達りん役の上野鈴華ちやんのヤサグレ感は、その後の笑顔を浮かべながらの〝 悲劇的序曲 〟と併せて忘れ難い。

そして『喜劇 愛妻物語』も素晴らしかった水川あさみは、この作品の超絶下衆な母親役もまた絶品でした。

2020年10月4日 TOHOシネマズ錦糸町楽天地/スクリーン10