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由宇子の天秤のsomaddesignのレビュー・感想・評価

由宇子の天秤(2020年製作の映画)
5.0
人の空言は我が空言

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ある地方都市で起きた「女子高生いじめ自殺事件」を追っていたドキュメンタリー監督の由宇子。テレビ局やプロデューサーと対立を繰返しながら、事件の真相に迫りつつあった。そんな時、由宇子は学習塾を経営する父が起こした事件を知ってしまう。

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しんどそうな映画だと思って、かなり覚悟を決めて見に行った。
意外にもエンタメとして楽しめて、2時間半を超える上映時間にも関わらず、あっという間。それでも物語を通じて突きつけてくるモノがどっしり重い。軽々に感想を総括できない。言葉にできないモヤモヤがずっと心に残る。

カット割が少なく、長回しを多用したカメラワーク。BGMや劇伴を完全に排して、聞こえるのは周囲の生活音や騒音だけ。由宇子の視点で描かれ、彼女が見聞きした情報から真相を探る作り。由宇子の主観を追体験する作りの一方で、カメラが観客の目と耳となって事態を観察してるように感じる。「この事実を前に、あなたは何を真実と信じるか?」「何を根拠に正邪を判定したのか?」ってずっと問いかけられてる気分。証拠とされるモノがあったとして、その信憑性を担保するものは? ジャーナリズムについての映画かと思ったら、一人一人の情報リテラシーや倫理観についての映画だった。

父親のしでかしたことについて、由宇子から切り離して糾弾したり、罪を償わせる方が簡単に思える。ただ実際は彼女自身のモラルやドキュメンタリー監督としての使命感や仕事上のしがらみが付いて回る。仕事の成果や仲間のキャリア・仲間の家族、彼らの生活etc……を天秤に乗せて、物事はこうも複雑に絡み合っていくのかと。どう転んでも地獄しかない先行きに映画の途中で呆然となった。


監督インタビューによれば、着想の元となったのは2014年に起きた小学生のいじめ事件。加害者少年の父親と同姓同名の全く無関係の男性がネットでつるし上げられ、実名はおろか職場まで晒されてしまった。
監督が語る「一般人が一瞬にしてパッシングの対象となり、日常がぶち壊される恐怖を描いた」という前作「かぞくへ」。そこから更に一歩進んで「安全な所から石を投げる人の目を覚まさせようとする主人公が、石を投げられる側になったらどうするのか。人間の弱さ、グレーな部分を描きたかった」という今作。気づけば自分も当事者の一人になった気で映画を見ていて、終始いたたまれない。

由宇子演じた瀧内公美。「火口のふたり」で柄本佑とW主演してた印象が強いけど、彼女の新たな代表作になるに違いない。芯の強さの反面、猪突猛進な部分があって、逡巡してたとしてもまず行動。たとえそれが自身の倫理観から外れた行いだとしても、汚れて悪に染まることに躊躇がない。志高いジャーナリスト魂と裏腹に、悪いことだと知っていても止まれない小市民ぶりがリアル。貧すれば鈍するっていうのか、正しさや善行って色々余裕のある人だからできる事って諦観にも見える。

光石研の渋さ光る。真面目で誠実であるがゆえに正しい行いをしようとするが、易きに流れようとしてしまう卑近さも見え隠れ。「あんたはそれでスッキリするかもしれないけど、それでショックを受けたり大きな影響を受ける人達のことまで考えてる?」と問われたらぐうの音も出ない。保身と贖罪の気持ちで揺れ動く小市民っぷり。卑怯な自分と、誠実な自分とで引き裂かれる姿は誰しも心の内にある心の振り子を見るようでなんだか辛くなる。

直前に見てた「MINAMATA」の影響もあって、ユージンの言葉が思い出された。「ジャーナリズムが悪いんじゃない。良いジャーナリズムと悪いジャーナリズムがあるだけだ」「客観性なんて便利な言葉に逃げるな。自分の主観に責任を持て」。責任を持てるだけの見識や言動を、普段から積み重ねられてるかが情報リテラシーの基礎なのかも。


フード描写でいえば、冒頭の大盛りチャーハンと餃子、20個のミニドーナツ、チョコチップ入りスティックパン、おかゆ、大きいあんぱん、オムライスetc…
どれも共通して心を通わす触媒として機能してるのに、二転三転していく事態と気持ち。屋上の「1本くれる?」のちょっとしたトリックが面白かった。屋上の不良生徒と1本から、観客が連想しちゃう先入観を見事に膝カックン。不良テンプレや色眼鏡の危うさに、映画序盤で気づかされるシーンでもある。

一方で、ある人のフードに対しては文字通り唾棄する。由宇子の距離感や心情をつぶさに表すパーツとして機能してた。自分の見方のせいもあるだろうけど、心の距離を詰めたい相手とのフードは美味しそうにみえて、そうでもない相手のフードはそうでもなく見えるのが面白かった。

63本目
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