Masato

エルヴィスのMasatoのレビュー・感想・評価

エルヴィス(2022年製作の映画)
4.2

誰が彼を殺した?

ジャパンプレミアにて

伝説のロックスター、エルヴィス・プレスリーの輝かしくも苦難に満ちた人生をバズ・ラーマンが描く。クイーンを描いたボヘミアン・ラプソディが大ヒットしてから実際のミュージシャンの伝記が増え始め、これからはホイットニー、プリンス、マイケルと錚々たるメンツの伝記が待ち構えている。その中のロックの伝説を描いた本作。

ボラプのような、壮大なライブを見たかのような高揚感や爽快感を期待すると少し違ってくる。不遇の死を遂げたプレスリーが誰によって死ぬことになってしまったのか?をマネジャーのトム・パーカーの視点から紐解いていく映画で、伝記映画でもあるが、ある種ミステリーやサスペンスのような感覚にも近い映画だった。伝記としては非常に斬新な切り口。
全体を通せば惜しいと思う所もあるし、面白くて良かったと思うところもある。ただ一つだけ言えることは、要所要所は恐ろしくなるほどに素晴らしかった。

この映画の面白い所は、トム・パーカーの語り口で綴られる物語であるということ。彼がどんな人だったかを知っている人はよく分かると思うかもしれないが、最初は側近の語りにしか感じない導入から、徐々にカネに対する貪欲さを剥き出しにしてくるモンスターに変貌していくことで、本作の事実がどの程度まで信用していいのか分からなくなってくる。いわゆる「信用できない語り口」の作法で、伝記映画なのに物語に対して懐疑的にさせられてしまうのが面白い。

起きた事実は事実だと思うが、そこにトム・パーカーのバイアスがどのくらいかかっているのかが気になってくる。これは、トーニャ・ハーディングを描いた「アイトーニャ」でも同様な描き方をしていて面白かった。

もう一つ面白い所は、一応時系列の順序は辿っているが、直線的な物語ではなく少々入り組んだ時系列の物語であるということ。これは先述したトム・パーカーの視点の物語りであるということも起因していると思うが、人が話すときのように時点がアッチコッチする。

そもそも、この物語の発端はトム・パーカーが「プレスリーが死んだのは俺のせいじゃない」という言い訳をするところから始まるので、裁判の陳述のような事実を揃えただけみたいな淡白さも感じ、それ故に、本作の描き方はドキュメンタリーにも近かった印象を受ける。トムのモノローグが入るときは仰々しい演出のさながらドキュメンタリーを見ているようだった。半分ドラマで半分ドキュメンタリー風という感じ。

その末に、本作が最後の最後で投げかけてくるものも非常に斬新だった。今までの(トム・パーカーから見た)エルヴィス・プレスリーという男の半生を見て、一体誰がプレスリーを殺したというのか。「君はどう考える?」といった形で問いただす。ドラッグか?金か?取り巻きか?ファンの愛か?それともトム・パーカーか?

大体の人はお前のせいやろオジサン!って思うだろうが、エルヴィス・プレスリーという男は、愚かなアメリカの差別に塗れた歴史と政治やショービジネスの闇、ドラッグ、そしてマネジャーの搾取など、ひとつとは言わずに様々な困難にボコボコにされて、それでも耐えながら生きてきたんだなと思えるだろう。自分はやはりアメリカの社会がプレスリーもトム・パーカーも心を歪ませたのだなと思う。


と、こんなふうに王道の音楽伝記映画ではないことはある意味面白かった。しかしながら、ボラプのような高揚感があまり無かったのは少し残念だったかもしれない。こんなにも苦難で素晴らしい名曲に囲まれているプレスリーの物語をありのままに見せてほしかったというのは正直ある。ただ、すべての映画がボラプのようじゃ味気ない。とは言えど、最後の最後であのコンサートのあの曲を持ってきたのは予想通りで、かつ心に沁みた。

その他にも、バズ・ラーマン特有の仰々しい演出が全体に散りばめられすぎて映画全体が散漫、肝心のプレスリーのパフォーマンスシーンが輝ききれていなかったのが残念。ボラプのようにメリハリをつけて描けばひとつひとつのパフォーマンスシーンが最高に輝いたと思う。それぞれのシーン自体はダイナミックな演出と驚異の再現度で本当に良かったため。


自分はプレスリーは全くもって知らなかった人間なので、彼の天才らしさが出てくるあたりは流石伝説のロックスター!だと思わせた。ジム・クロウ法があったこの時代にブラックミュージックとの融合をさせてしまったのはまさにロック。人種の垣根をあっさりと超えてしまっていた。プレスリーは差別や法規制などで抑制されていた人間の心を曝け出させたというところ。本来みんなが求めていたものを意図せずして引っ張り出したのが素晴らしい。

ファンをこれでもかと愛した男。ここまでファンサが良いのは、今だとビリー・アイリッシュに相当するのではないか。ビリーがこうならないことを祈る…。

時代に逆らって生きてきた男。カウンターカルチャーになる前に凄いカウンターしてた男。天才的な音楽センスに人間味溢れる人格者。素晴らしい人だった。
日本がまさにそうだけど、ミュージシャンは政治に口を出さないっていうのは本当におかしい。プレスリーのように、自分自身を貫き、苦難のときにその時の歌を歌って人々を癒やし、人々を奮い立たせる。そんな人こそ真のアーティストと呼べるのだろうと思えた。無関係なことはない。沈黙は共犯。

知らない人でも十分に楽しめる。というのも、バズ・ラーマンなので古風だけではなく奇想天外でモダンな演出も多彩。音楽はDoja catやエミネム、デンゼルカリー、マネスキンなどの今のアーティストを積極的に採用している。謎にブリちゃんやバックストリートボーイズの有名曲もチョロっと出てくる。ブリちゃんはプレスリーと同じで搾取されてたから重ね合わせてるのかな…と思ったり。

良い役しかしないトム・ハンクスが珍しくヒールな役で最強の俳優なのもあってかとにかく素晴らしい演技と表現力。それに対する声が似すぎているオースティン・バトラーが弱冠20代にして恐ろしい演技。ラミ・マレックを彷彿とさせる圧倒的再現度と独自の魅力。オスカーノミネート可能性十分にあり。


追記
エルヴィスで印象的だったのは最初のパフォーマンスシーン。
最初はエルヴィスの誘惑的なダンスに楽しんでいいのか困惑していた女性客。しかし見ていくうちに抑制された感情が爆発し熱狂と化した。まさに禁断の果実。
男性社会で抑えつけられた感情の爆発、時代性と時代の革命がどっと押し寄せてくる名シーン。
それとラスト…シーンだけで言えば、個人的にはボラプのウェンブリーくらいに感動する。

最終的な完成前は4時間ほどの映画だったとのこと。そちらも見てみたい。
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