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tick, tick...BOOM!:チック、チック…ブーン!のambiorixのレビュー・感想・評価

4.0
歳を食ってくるとどうもこういう話に弱くなっちゃうんだよな。自分はとうに夢を諦めてクソ垂らし人形と化してしまった側の人間なので、主人公ジョンの姿が眩しくて仕方なく、心の臓をナイフでえぐられるような痛みを視聴の間じゅう感じていたのであった。
妙ちきりんな響きのタイトルのうち「チック、チック」というのは秒針が動く際の音であると同時に、30歳という節目を目前にして何ひとつ成し遂げられていないミュージカル劇作家ジョナサン・ラーソンの焦りを表現したものでもある。幼なじみのマイケルは広告代理店に就職して高給取りになっちゃうわ、恋人のスーザンからはミュージカルなんかよして田舎で暮らそうよと言われるわで、気付いてみるといい年こいて夢を捨てきれないのは自分だけになっている。タイムアップまでは残りわずかだ。
ただ、この焦燥感というのは別にジョンだけの特権なんぞではなく、夢を諦めた人にも彼らと同世代じゃない人にも痛いほどわかると思う。何者かになろうとしてなれなかった自分に対する苛立ちや、本来望まなかった場所になんとなく安住してしまっていることへのモヤモヤじみたものが間違いなくあるはず。もちろんマイケルやスーザンにもあったはずなんだけど、社会で生きていこうと思ったらそういう感情とうまいこと折り合いをつけていかなくちゃあならないわけで、そこがムズカシイのよね。やっぱり俺はこっちの2人に感情移入してしまう…。
作曲にのめり込みすぎて周りが見えなくなっていたジョンが、他者や大切な人の死と向き合うことで、自らの定めたタイムリミットが単なる幻想でしかなかったことに気付く劇中ラストは切ないけれど、素敵。でもって、ジョンの生み出したミュージカルは人間の肉体のリミットである「死」さえも超越して現代に生き続けている。『レント』のほうも機会があったら見てみよう。
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