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スタートアップ!のnoteのネタバレレビュー・内容・結末

スタートアップ!(2019年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

学校も勉強も家も嫌いで、親に反抗しては毎日ビンタを食らっている少年テギル。ある日、家を飛び出し、偶然入った飯店でただならぬオーラを放つ厨房長のコソクと出会う。飯店の奇想天外な人々との出会いを通じ、テギルも社会を学んでいく。

韓国の強面人気俳優マ・ドンソクのおかっぱ頭でフライパンを持つ強烈なジャケットビジュアルから「俺の料理が食えないってか?」と迫るコテコテのコメディを想像したが、意外にも笑って泣ける人情喜劇の佳作。
日本の昭和にあったホームドラマのような味わいである。

学校や勉強が嫌いで自由に生きたい年頃のテギルと親友のサンピル。
母親と進路のことで喧嘩した末に家出したテギルは、見知らぬ土地の飯店で住み込みの出前バイトとして働き始める。
祖母と二人暮しで家計を支えなければならないサンピルも、知人の紹介で闇金融の取立て役として働き始める。

世間知らずで生意気なテギルに対し、鉄拳制裁で世の中の厳しさと礼儀を教え込むコック長のコソクは見た目も中身も強烈なキャラクター。
ただの脳筋キャラと思いきや、TWICEの曲で踊りまくるギャップが可愛らしい。
かと思えば、眼を開けて眠る顔面の気持ち悪さは破壊力が凄まじい。

食器の回収を忘れたり、小銭を床にばら撒くドジなバイトの先輩グマンといい、どう見ても飯店は社会の落ちこぼれの吹き溜まりだ。
しかし、誰に対しても常に敬語で穏やかに接するオーナーの優しさに包まれながら、次第にテギルは自分の居場所を見つけていく。
飯店の面子のドタバタとした暮らしは、まるで疑似家族のようだ。

だが、家出の途中で出会った赤い髪の暴力的な女の子ギョンジュが巻き込まれた買春組織とのトラブルによって、飯店のオーナーとコソクに隠された過去が明らかになっていくことになる。

基本的には、元バレーボール選手のテギルの母親の強烈なビンタや、マッチョなマ・ドンソク演じるコソクに殴られて派手に倒れるテギルのリアクションが大いに笑えるコメディ。
個人的には昭和のホームドラマ「寺内貫太郎一家」での小林亜星と西城秀樹のどつき合いの親子喧嘩を思い出した。
現在の日本では親子喧嘩もDVだと通報されてしまう世の中。
一周回って新鮮に感じられる笑いだ。

だが、一方で社会や学校からドロップアウトした人々を描き、韓国の厳しい学歴社会や就職難といった現実問題が描かれる。

テギルは自分で働いて生活する厳しさを学んでいき、サンピルが勤める闇金の借金に苦しむ人々を通して、次第に現実的な社会問題が浮かび上がってくる。

家出したテギルがバス乗り場で軍人から「行く場所が無いなら軍隊に入れ」と声をかけられるシーンでも分かるが、一度学歴社会からドロップアウトすると将来の選択肢も就職先も少ない韓国の若者たちの厳しい現実が描かれる。

それらは、飯店で同じ出前バイトとして働きながら、調理師になるための勉強を欠かさないグマンのように、今の状況から抜け出すべく努力する者の姿と、ギョンジュが誘われるように、女の子は身体を売るのが手っ取り早い方法だと描かれることでさらに浮き彫りになる。

やっとの思いで買った店舗が撤去されるテギルの母親や、取り立てに抵抗してサンピルに傷を負わせた肉屋の主人のように、自分で起業する道を選んだものの、借金が膨らみ逆に不幸になってしまう大人の辛い現実も描かれている。
コミカルな笑いの一方で、ズシリと重い現実のコントラストが実に鮮やかだ。
だからこそ、他人の情けが身に沁みる演出が活きる。

オーナーが何も聞かずに家出少年のテギルを雇うのを初めとして、テギルがギョンジュに飯を奢る姿、闇金融の上司がサンピルを認める姿、コソクがヤクザの自分を黙って匿ってくれたオーナーへの恩、そしてオーナーの死んだ娘の部屋を荒らした輩にコソクが怒りを露わにして大喧嘩。

学歴社会から落ちこぼれた人たちの苦労を知っているからこそ、あえて息子に厳しい言葉を投げかけたり、無理にでも進学させようとしたテギルの母親の真意が親の立場としては良く分かる。
「俺はもう大人だ、自分で生きていける!」と言いたいところだが、そんな母親の期待に応えられない情けなさと、自分のために負担を掛けたくないという想いから、母親に対して反抗的な態度を取ってしまうテギルの気持ちも良く分かる。

分かっちゃいるけど、ついつい口に出してしまう。
だって家族だもの、気兼ねする必要なんかない。
飯店の面子もそんな仲になってゆく。

終盤、借金のかたにテギルが母親にあげた初バイト代を奪おうとするサンピルの上司に抵抗して、バレーボール選手現役時代さながらの強烈なスパイクをお見舞いする母親の姿が天晴れ。
自分で働いて報酬を得る苦労を学んだテギルを一人前として認めた母親の意識の変化が、あの一発に込められている。
結果的にテギルの母親の店は取り壊されるが、スカッとした余韻が残る。

個人的にはもっとマ・ドンソクの出番が欲しかったところ。
複数のキャラクターがほぼ平等に描かれるので、ドラマの進行に置いていかれるのが難点か。
また、なんでもかんでもどつき合いで解決しようとするのもいかがなものか?
元ヤクザのコソクが警察を疎んじるのは分かるが、トラブルに際して誰もご近所が助けに来ないのは、韓国のお国柄なのか?と思うと寂しいものを感じる。

実際にコロナ禍での厳しい経済状況を経験した現在の視点で観ると、韓国の置かれた厳しい社会状況に共感させられる点は多い。
地方の飯店に集まった訳ありの登場人物達が、逃げ出した自分と家族の関係性と向き合ったり、新たに共同体(家族)を作る人情話だ。

本当の家族と飯店の擬似家族で繰り広げられるエピソードは、どこか「男はつらいよ」で見たような人情話ばかりで、日本人にも非常に分かりやすい。
厳しい現実に夢破れ、最初と最後に旅に出るというのも「寅さん」を思い出す。

鑑賞後に思い返すと、実はテギルの姿に過去の自分を重ね合わせていたから、コソクは彼に対して厳しい態度で接していたのでは?
そこもまた甥の満男に対して余計なお世話を焼く「寅さん」っぽい。

きっと原作者と監督は「男はつらいよ」のファンなのだろう。
日本でもこんな人情喜劇が久しぶりに見たいものだ。
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