シミステツ

バビロンのシミステツのレビュー・感想・評価

バビロン(2021年製作の映画)
4.2
まず世界観の作り込みがすごい。本当に20年代の豪奢の世界、夢に溢れた世界に迷い込んだみたい。独特の気怠さと艶、退廃的で乱痴気、アナーキーでエキゾチック。赤みのあるカラーグレーディングも世界観を刺激する。
この頃はたとえば美術界でいくとダダとかシュルレアリスム、アフリカ文化ルーツのバレエ・リュス、フェティッシュ、極東文化なども色濃く反映された時代で、社会規範や旧弊を拒むような動きもあった(ハリウッドがどうだったかは分からないけど)。そのあたりの世界観も上手く取り入れられている印象もあった。「世界のひと握りの裏側」感を掴みでしかと握れているのがこの映画の成功のひとつ。アカデミー賞美術賞ノミネートまでいったけど、受賞しててもおかしくないと思う。

「世界で最も魔法に満ちた場所だ」

映画制作を夢見るマニーは運良くジャックの助手として映画に携わる。
撮影現場は凄まじい。撮影前にクビになる者、撮影中に死ぬ者、炊き出しのメシに、適当なディレクション、ドタバタの現場。一方大スターを夢見るネリーは、ひょんなところから現場入りを果たし、期待値0の中で天才的な即興演技ぶりに目が点になる監督たち。演技指導にも熱が入っていく。
機材や環境、体制も未熟な中で奇跡を映し出す役者たち。この一瞬のためにやっている。このために映画がある。このハレ感がクセになる。

ネリーの上映された作品は見事に観衆の心を掴む。邪魔者は狡賢くも叩きのめし、一躍スターに躍り出る。

「私は最初からスターよ」

ネリーの意外な一面も垣間見えていく。療養所にいる家族に顔を見せる。バカにされてきた過去。破天荒の裏に隠された素顔。このあたりの描写が割と独立的だった気がして、後半の没落にもっと活きてくるとよかった気がした。

「嫌いなの。アイスクリームのトッピングって。飾りはいいものをダメにする」

世はサイレント映画からトーキー映画へ。
トーキー映画の熱狂を目の当たりにしたマニーはすぐさまジャックに電話をかける。

音が入る。靴はゴム底マスト。上手くいかない音量調整、ノイズの入り込み、熱のこもる照明、録音室、マイクの位置に縛られる演技。苛立ち混乱する現場。それでもひとつのシーンを作り、OKが出るまでの熱狂、歓喜。現在では何気なく粛々と進むであろう現場、ここに映画作りの原点、ものづくりに携わる人間が忘れかけていたものすべてが詰まっている。そう感じた。

時代が変わるということは、「主役」が変わることでもある。
トーキーだからこそ「カエル声」などの陰口に涙するネリー。トーキー映画になるにつれ訛りや吃音、声質の良し悪しで排除されていく役者たち。声が反映されるからこそ台詞回しのニュアンスにも苦戦するジャック。愛してるというシーンで観客に笑われるところを目の当たりにし、驚きと失望を隠せない。単なる撮影手法だけではなく、役者そのもののあり方さえも変えてしまう、テクノロジーの進歩にはそんな危うさも孕んでいる。

蛇と戦うシーンは何なんだ…。ジャックが車にはねられる流れも謎。尋常じゃないゲロを吐くシーンも脚色がすごいなって思ってしまった。このあたり解説してくれる方いませんか。


映画を信じ続けるジャックの姿は美しかったし、死んでも忘れ去られても映写機にかけられれば100年後でも蘇るという話は素敵だった。そしてこれこそがチャゼルの映画を作る意義であり、この映画の伝えるべき命題なのだというところに還ってくる。

引導を渡すジャックに、想いが重なるネリーとマニー。そして…。時代に翻弄されながらの栄光と没落。中盤以降、個人的にはちょっとうーんという感じでした。それでもラスト約11分の映画史を覗くような時代の変遷のシークエンス、そして中盤までは間違いなく白眉といっていい出来だと思います。