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ブロークン・フラワーズのTOTOのレビュー・感想・評価

ブロークン・フラワーズ(2005年製作の映画)
4.4
『決して他人事ではない――』

ジム・ジャームッシュ監督『ブロークン・フラワーズ』(2006)
お得意のオフビートな展開と、ビル・マーレイの飄々とした演技、それに加えて脇を固めるジェフリー・ライトやシャロン・ストーンらの名演技がひたすら心地良い、不思議な映画です。

物語は財を成した独身貴族の主人公ドン・ジョンストン(ビル・マーレイ)の元に一通の手紙が届けられる事から始まります。
その手紙は匿名ながら彼の元ガールフレンドからのもので、既に19歳になる息子がいるとも書いてありました。
その少し前に恋人に去られ、やや無気力になっていたドンは、手紙の主がどこの誰か分からないので、そのまま放っておくつもりだったのですが、話を聞いた子沢山の隣人ウィンストン(ジェフリー・ライト)の熱心な勧めにより、結局、花束を持って、可能性のある4人の女性を訪ねる旅に出る事にします。
その際、ウィンストンが「旅のお供に」として手渡した自作CDがこれまた傑作です。このBGMのお陰で、物語は軽妙な脱力感を伴いながら進んで行くのですが、日本人の我々にはどこか昔懐かしいリズムとメロディにも感じられます。
それこそクレイジーキャッツやドリフターズの古い映画で流れていそうな、あるいはチンドン屋が駅前デパートの開店で演奏していそうな音楽なのですが、それらは全て「エチオピアンジャズ」です。
詳しくはわかりませんが、その発展の歴史はどこかできっと日本の演歌と繋がっている気がします。
この風変わりな音楽がドンの旅に文字通り花を添えるのです。

さて、この旅で再会した四人の元恋人たちとの関係性がまたなんとも不思議な感じで面白いんです。
変わり者のドンだけに歴代、付き合ってきた女性たちも一筋縄ではいかない曲者ばかり。その再会は四者四様に気まずく、間が悪く、妙に浮足立って見えます。

途中、ドンはある青年にサンドウィッチを奢ります。その青年にインスピレーションを感じたドンは、内心この青年こそはと疑い、青年も何かを察します。その際の二人の会話はこんな感じです。

若者「それで…、サンドイッチを奢る男として哲学的な助言みたいなものはある? 旅する男に対して」
ドン「私から?」
若者「そう」
ドン「そうだな。過去は終わってしまった。未来はこれからどうにでもなる。だから大事なのはつまり、現在だ。そういうことだ」

果たして、ドンは手紙の主である元恋人に巡り会えるのでしょうか。
そしてサンドウィッチの青年は本当に息子なのでしょうか。
その結末もまた実にジム・ジャームッシュらしい幕切れでした。

しかし冷静になれば怖い話ですね。
ある日、突然、「今まで黙っていたけどあなたの子供がもう19歳になっているの。男の子よ」
そんな手紙が来たら誰だって心臓が凍り付きます。普通、ドンのように落ち着いていられません。
ある意味、ホラー映画だよなあと、少しだけ肌寒い思いをした、そんな物語でした。
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