ライアン孤独な海賊王

ひとくずのライアン孤独な海賊王のレビュー・感想・評価

ひとくず(2019年製作の映画)
4.8
昨年のカナザワ映画祭出品で知ってからとても気になっていました。

児童虐待は大きな社会問題としてニュースになることも多いわりに、少子化時代に突入したこともあってなのか、世間的にはあまり関心を持たれていないように思う。そんな現状に一石を投じるべく、上西雄大さん率いる劇団10ANTSの商業映画進出長編第1作として作られたのがこの作品。

日本では法律上の問題もあり、児童相談所でさえ虐待の事実を正確に把握出来なければ家庭の問題には簡単に踏み入れられない。当事者の子供はすぐにでも庇護しなければならないのに。そんな子供達を救える人間とは誰なのか?

児童虐待の実態を調べてみると、子供を虐待する親の多くが自分も過去に虐待を受けていた人だという。虐待を受けた者がその子供を虐待してしまう負の連鎖が実際に起きている。しかし……

「過去に虐待を受けた大人なら、その痛みを知り、今も苦しんでいる子供達に手を差し伸べようとする人もいるのではないか?社会のルールに縛られず独自の価値観のみで動くアウトローならばそれが可能なのでは?」

今作品で監督・脚本・主演を務める上西雄大さんは、別の企画で取材に訪れた先で出会った精神科医の楠部知子先生から児童虐待の実態を知らされると心をかき乱されて居てもたってもいられずその日の夜から寝ずにたった一晩で脚本の初稿を書き上げたという。その圧倒的な熱量が人間として救いようのないダメさと、偽善ではない人としての本当の優しさを併せ持つ特異な主人公・カネマサを生み出した。

空き巣の常習犯で食い扶持を得て乱暴で粗野で口が悪い。常に周りにイライラして、気に触ることがあるとところ構わず怒鳴り散らし、場合によっては女子供も関係なく容赦なく手を上げる。真っ当に暮らす一般人にとっては近寄り難いただ迷惑なだけの人間のクズ。だがそこまで落ちぶれたそもそもの原因が子供の頃に受けた虐待であったなら.......

この作品で1番評価出来るところは、児童虐待の実態を炙り出しながら、子供のみならず虐待する親も救わなければ本当の意味で虐待の連鎖を断ち切ることは出来ない、と明確に示し「児童虐待を止めるにはまず関心を持ってもらうこと」という上西監督の目的意識が太い芯となってブレていないこと。

芝居っ気が強くベタなストーリーで映画的ではないという意見も散見するが(この作品を制作した「10ANTS」は、上西監督自身が代表を務める芸能事務所で、劇団として舞台を中心に活動してきたことも深く関係しているのだけど)、社会問題をテーマを扱う以上、あまり映画を観ない層に届けるために、あえて意図的にシンプルでわかりやすいストーリーにしたことは、正解だと自分は思う。

上西監督はこれが初の商業向け長編作品とのことだが、編集に相当時間を割いたらしく、その甲斐あってテンポよく話が進むので、上映時間が2時間以上あるにも関わらず中だるみを感じることなく最後まで一気に観ることができた。これは映画的にとてもポイントが高い。

テーマが児童虐待と一口にしてしまうと人々は とても重たいストーリーを想像するかもしれない。しかし子役相手の直接的な虐待描写はないし、思わず笑ってしまうシーンもいくつかあったりする。カネマサと虐待被害者の少女・鞠、鞠の母親・凛との関係性の変化も大きな見どころの1つ。ところどころカネマサの少年時代の過去を挟みながら、最終的に迎える結末を是非スクリーンで確認してほしい。

一つだけ注意。
虐待の実態を世間に広く知ってもらうために制作された作品でもあるので、目を背けたくなるシーンも少し出てきます。過去に虐待受けたことのある方は、虐待シーンを見てフラッシュバックされることがあるかもしれません。鑑賞の際は体調に充分配慮してご覧ください。

最後に。
この作品のために書き下ろされた吉村ビソーさんの歌う主題歌「HITOKUZU」、クライマックスで流れる梁原三さんが歌う挿入歌の「ひとくずの唄」が素晴らしい出来。
どこかで音源手に入らないかしら?

2021/1/31 追記:主題歌が収録されたCDを再々上映してくれたユーロスペースで手に入れることが出来ました!上西監督の次回作『ねばぎば新世界』の主題歌も入ってた♪
吉村ビソー 映画主題歌コレクション

2021/3/19 追記:現在ひとくずの唄も一部映画館限定で音源CD販売しています。場所によっては置かれてないところもあるようなので、作品公式か監督のTwitterに要望してみたら良いかと。