ちっちゃなきょゥじん

ミナリのちっちゃなきょゥじんのネタバレレビュー・内容・結末

ミナリ(2020年製作の映画)
3.3

このレビューはネタバレを含みます

Minari(芹)は、Nausicaäのチコの実だった
👩‍🌾
「たまずび」で町山さんの解説を聴いてから観ました。
なので、「北の国から」もしくは「大草原の小さな家」の様な雰囲気を予想していました。
ただ、のっけから石積みの家でも、ログハウスでもなく、トレーラーハウスというところに、近代のアメリカを感じました。
町山さんほど、アメリカ事情に詳しくなくても、トレーラーハウスは貧困層の象徴として映画やドラマにしばしば登場するので、一家のおかれた立場が一挙に実感できました。
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主人公の男(Jacob)を演じるのは、Walking Dead でお馴染みの Steven Yeun。
彼が、ヒヨコのお尻を見るだけで人生を終えたくないという想いは、男なら痛い程分かります。
ただし、一攫千金の手段として、借金してまで農業に投資する姿は、正直理解しきれませんでした。
「大草原の小さな家」の時代(19世紀後半)なら分かります。
まだ誰も手を付けていない草原を、開拓すれば自分のものになったからです。
ただその時代でも、天候不順に悩まされ、危険な石切場で出稼ぎしたり、ゴールドラッシュに踊らされる姿も描かれていました。
現代の日本なら、YouTuberやデイトレード、仮想通貨で一攫千金を夢見るのでしょう。
しかし、アメリカで観客に「我が家の話」として共感を得ていることから、時代設定である1980年代の移民にとっては、農業こそがアメリカン・ドリームの手段だったんですね。
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中盤で、息子のDavidが協会で遭った白人少年(Johnnie)に、
"Hey David, why's your face so flat?" 「なんで君の顔は平らなの?」
って聴くシーンは印象的でしたね。
これは、とりようによってはdisられてる気もするし、アジア人に対する差別にも聞こえる。
ただ、Johnnieは家に招いてもくれるし、お婆ちゃんが倒れた時にも、親友のように遊んでくれる。
町山さんによると、アメリカには自国の世界地図上の位置を知らないくらい、世界情勢に疎く、特に保守的な南部では自分の身の回りにおきる事象にしか関心がないようです。
なので、アーカンソーの片田舎で育った白人少年が、アジア移民に初めて遭遇した時に、純粋な好奇心として、顔の平たさに好奇心をもつのは、必然だったかもしれません。
自分も、あの台詞には差別意識ではなく、「テルマエ・ロマエ」の"顔の平たい族"という言い回しを思い出させ、笑けてしまいました。
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もう1つ印象的だったは、父子が水辺で芹を採るラストシーンでの台詞。
Jacobは、水辺に繁茂する芹を褒めながら「お婆ちゃんのお手柄」と言います。
しかし、この映画の最大のクライマックスの火事のシーンでは、やっと買い手が見つかった農作物は全焼してしまいます。
そのキッカケになったのも、脳溢血で半身麻痺が残るお婆ちゃん。
動機が善意であっても、Jacobに見えた僅かな光明まで焼き尽くされたかに思えました。
それでも、にこやかに繁茂する芹を褒め称えたのは、ちゃんと水源さえ確保すれば、韓国野菜もしっかりと育つことの、これ以上ない証だったからでしょう。
だから、今度はケチらずにダウンジングの助けも借りました。
「風の谷のナウシカ」では、核戦争後に汚染され、人間が呼吸したら即死する瘴気に満ちた腐海が広がる終末世界が描かれていました。
しかし実際には、腐海は土壌の汚染物質を吸い上げて瘴気として放出するので、腐海の下には清浄な砂が積もっていました。
「ナウシカ」のラストシーンは、ナウシカとアスベルが落としたチコの実が、清浄な砂で芽吹いている様子で終わりました。
それは正に、終末に芽吹いた希望そのものでした。
"Minari"における芹も、移民家族におけるチコの実であり、希望そのものだったに違いありません。