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MINAMATAーミナマターのsomaddesignのレビュー・感想・評価

MINAMATAーミナマター(2020年製作の映画)
5.0
悲惨な公害と裏腹な美しい自然風景
暗く陰鬱な世界に射す光
人間の光と陰のコントラストが見事

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水俣病の存在を世界に知らしめた写真家ユージン・スミスとアイリーン・美緒子・スミスの写真集「MINAMATA」を題材に描いた伝記ドラマ。

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やっと見れた!が、思った以上に重い🤢
軽々しく感想を総括したり、言葉にまとめるのが難しい。

水俣病は知っていたけど、ユージン・スミスはほとんど知らなんだ。ジョニー・デップが20代の頃に彼の写真に出会って以来、長年温めていた企画だとか。


取り急ぎ参考資料として石井妙子著「魂を撮ろう ユージン・スミス とアイリーンの水俣」を購入。復習用に調べるうちに、映画用にかなり改変されてたのがわかる。けどフィクションだと思って見た要素がホントだったり、国益や御用学者まで絡みあう醜悪な実態がボロボロ出てきて驚いた。なにより未だに全然解決できてないことに絶句。

アイリーンの複雑な生い立ちや、曾祖父の代から続く水俣との不思議な縁。日本人とアメリカ人のハーフで、奔放な母親や二人の父親・種違いの弟たち…どこにも居場所がないと感じてた思春期の頃や、人種差別の壁etc……ユージンや水俣との出会いが運命的で、多生の縁に思える。

ユージン・スミス自身の再生の物語でもあって、ズタボロなおっさんが人生を取り戻す映画でもある。
第二次世界大戦の沖縄戦の取材中に負った怪我が元で、生涯後遺症に悩まされていたそう。左腕に重傷を負い口蓋が砕けたため、噛み合わせが悪くなりほとんど固形物が食べられなくなっていた。アルコール依存症にも苦しみ、アイリーンによれば「毎日牛乳10本と、オレンジジュースに生卵を混ぜたものが栄養源で、ほかにはサントリーレッドを1日1本ストレートで飲んでいた」という。
ユーモアに溢れた人気者の一方、アイリーンと出会う以前から鬱を患い、アルコールと大量の処方薬に溺れてた模様。何度もアチコチに自サツを仄めかす電話をかけたりもしてた。前妻との長男パットは不安定な父親を心配して電話の度に駆けつけていたが、あまりの頻度に終いには「勝手に●ね!二度と電話してくんな!」とブチ切れられる始末。アイリーンにも「結婚してくれないなら●ぬ!」と度々騒いでたようなので、なんかもうハチャメチャな人だわ。

鬱々とした人生の終盤戦。前妻と別れ、子供達にも呆れられ、自暴自棄に酒と薬漬けの日々。そんな中で自分にできることに目覚め、自分だからできる事を知る。命を賭しても声を上げなきゃいけないことに気づいて、自分の価値に立ちかえる物語でもある。

映画だとアイリーンさんがユージンの才気に惚れてる風だけど、実際は母親代わりを若い女性に押し付けがちで、無邪気で幼い困ったオッサンでもあったぽい。(結婚直後に「年の差は感じますか?」て取材に、アイリーンは「ええ、彼があまりに幼いものですから」って答えてる)


庶民が気軽に病院の戸を叩ける時代じゃなかったハズ。周囲の偏見もあって、声を上げずに保健所や病院の目にかからない、発見されなかった人は相当数いるのかも。
たまたま水俣が舞台なだけで、似たような公害事件は世界中あちこちで起きる。むしろ大企業のグローバル化が進んだ現在の方が、企業が責任を問われにくくなってるように思う。汚染した方もその被害に遭われた方も(あるいは無関係に思える人も含めて)産業の発展による利益を享受してる現代人は、すべからく向き合わないといけない問題として映画を見てた。
劇中描かれきれない部分だけど住民同士の差別意識や、患者同士で溝が生まれて、分断されてしまった姿はコロナ禍の今を見てるよう。切り崩し工作があったにしろ、各家庭の温度差や非差別への抵抗力は各々違ってしょうがない。断絶してしまう哀しさの反面、連帯の強さも感じられる。


さておき、ハリウッド映画で日本が舞台なのに、日本人役を全員日本人が演じてる! 過去何度も東アジアを混同した描かれ方されてきたのに、レヴィタス監督は「日本人以外をキャスティングすることは一秒たりとも考えなかった」。あくまで日本人キャストが日本人を演じることが絶対的な条件だったそう。(ロケ地がセルビアやモンテネグロなので、どう見ても熊本には見えない針葉樹や建物なのはご愛嬌。当時の写真を見ると、ジーンとアイリーンの家の前はちゃんと舗装されてるし、劇中描かれるほど山と海ばかりのド田舎でもないと思う。企業城下町でもあるわけだし)

ユージーン・スミスを演じたジョニー・デップの激似っぷり。「役にジョニー・デップが消える」と評されるのも納得。とはいえ、ジャック・スパロウ船長このかた酔っ払いのモゴモゴ話すオッサンの役ばかりで、勝手知ったる馴染みのキャラっぽくて安定感。実際のユージンの写真を見るとジョニー・デップよりマイケル・ケインに似てる。50代にして80代の佇まいなわけで、ズタボロ時期の底の深さを邪推しちゃう。

アイリーン役の美波。これまでの出演作に縁がなく「バトルロワイヤル」くらいしか見てないので、ほぼ初見。若く聡明な芯の強い女性役。ユージンのアシスタントとしてだけじゃなく、時にはユージンを庇護者として心の拠り所になってる。献身的なサポートってより、共に闘うことで彼の支えとなってくのが良かった。

國村隼が演じたチッソのノジマ・ジュンイチ社長(モデルは嶋田賢一社長)。単純に守銭奴を演じるわけじゃなく、ついつい自分達に都合のいい解釈を優先しちゃう卑近さと、現実に苦しんでる人を目の当たりにして、罪悪感との狭間で引き裂かれる姿が見えた。悪徳巨大企業のラスボスじゃなくて、一人の会社人間としての苦悩が滲み出る。

ジョニー・デップとビル・ナイの共演といえば「パイレーツ」シリーズ以来かしら。ていうか今作の復習するまで「パイレーツ」シリーズの名ヴィラン:デイヴィ・ジョーンズを演じてたのがビル・ナイって気づいてなかった。
今作だと奔放なユージンと袂を分かった「LIFE」編集長役。〆切を守らないユージンに手を焼きつつも、彼の仕事を信じて奮起を促す友人としての一面も。厳格さの向こうに苦悩と温かな友情がにじむ演技に救われた。


余談)
71年、すでに大きな社会的関心事になっていた頃、チッソの千葉県五井工場で暴行を受けたユージン。後々まで後遺症となる重傷を負って入院してしまう。様々な人からお見舞いや差し入れを受ける中、黒柳徹子からサントリーニューオールドが10本が届けられた。が、あまりにお金がなかったのでアイリーンは「レッド20本に換えられないかしら?」と思ったそう。暴行は不起訴になるが、怨恨から報道写真を撮ってると思われないため訴訟しなかった。

62本目
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