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ナイトメア・アリーのEikeのレビュー・感想・評価

ナイトメア・アリー(2021年製作の映画)
3.9
ギレルモ・デル・トロ監督4年ぶり待望の新作はこれまでで最もダークな心理ドラマ。

コロナ禍という予期せぬ状況によって製作は中々難航したらしいですが完成度は十分に高く、私はとても楽しんで鑑賞いたしました。
W・デフォーとR・ジェンキンスとD・ストラザーンがそろって出てるってだけでお釣りが来そうなのにそこにT・コレットとM・スティーンバーゲンまで。
私の好きな役者さんがこんなに勢ぞろいしてるなんて夢のようなプロジェクトです。

しかし、本作はデル・トロ監督のフィルモグラフィーからするとやはり異色感が強い実にダークなドラマとなっております。
40年代に製作された作品のリメイクということですが、実質的にはリ・イマジネーション作と言えるらしい(オリジナルは未見です)。

なんでもデル・トロ監督は1998年に母国メキシコでお父様が身代金目的で誘拐されるという事件に巻き込まれたそうで(メキシコらしい話だが)、その際に自称「霊媒師たち」がお母さまの元に押しかけて来て「援助」を申し出たそうで危うく家族が食いものにされそうになったのだそう。ちなみにこの当時、デル・トロ監督はアメリカに進出したばかりでとても身代金を用意する余裕などなかったそうですが、そこに援助を申し出たのがジェームズ・キャメロン監督だったことは有名ですね。

結局、監督が彼らを排除し、その後どうにか事件も解決したそうなのですが、事態が落ち着いた後に「人の不幸を食い物にする」のはどういう人間なのか、なぜそういう行動に出るのかについて考えさせられたことが本作の製作の動機となったそうです。
劇中における主人公スタンの身振りやセリフには監督が当時目撃した彼ら「霊媒師」のやり口が反映されているそうで、そういった意味で本作はデル・トロ監督にとっては個人的にも思い入れが強い作品だったらしい。
うがった見方をすれば必ずしも「受けが良くない」本作を制作するならアカデミー賞をとった直後のタイミングで資金も集めやすい間にと思ったのかもしれません。そして本作も又、本年度のオスカーにノミネートされた訳ですから、デル・トロ監督もなかなかの策士なのかも。

えらいと思ったのは主人公であるスタンを単なる「怪物」にしなかったこと。
放浪の末、たどり着いたカーニバルに潜り込んだスタンがそこで食い詰めた異形の者たちがサバイバルのために駆使する手練手管を間近で習得することに。
この前半のパートの比重が思いの外大きいのだが、この場末で生きる人々への視線が過剰に甘くならず、かと言って上から目線でそのモラルを糾弾する様な物にもなっておらず、この辺りのバランス感覚にはデル・トロ監督らしさを感じました。

物語は大きく2部構成で、後半は北部NYで「興行師」として成功したスタンが心理学者、リリス(K・ブランシェット)と組んで地元の有力者たちの懐に入り込み、そこで危険な駆け引きを繰り広げる様を描いて行きます。
本作、どうころんでも楽しいお話とは言えず、人の持つ影の部分や欲望やコンプレックスを利用する男が転落していく様を描いております。
それでもラストまで関心が途切れなかったのはやはり演技陣の熱演とそれらを取りまとめて見せた演出の力ゆえ。

デル・トロ監督の作品として「超現実/ファンタジー」の要素がここまで希薄な作品は初めてなのかもしれません。
その意味で持ち味を封印したと言われる可能性も当然あるでしょう。
しかし見世物小屋に生きる人々の描写に漂う退廃的な空気感やリリス博士や裏社会の実力者エズラ・グリンドル(R・ジェンキンス)たちが抱える心の闇の負の気配はきちんと出ていて、人物造形の面でも満足できました。

これまでのデル・トロ監督の作品の多くにはSF/ホラー要素が含まれておりましたが、実のところ、物語自体には奇をてらった展開は多くありません。
そのため多くの作品では途中で結末が読めたりもする訳でその点で期待外れと言う意見も目にします。
本作でも主人公スタンの行く末は途中で何となく予想がつくものになっております。
しかし本作の様に正攻法のアプローチで作品の世界観を構築する力量は今や誠に貴重でもあり、俳優陣からすれば自分たちの演技に委ねられる部分が必然的に大きくなる訳で、さぞややりがいがあるのではないでしょうか。

本作で言えばエンディングが中々に強烈。
すべては主人公が最後に口にするこのセリフに帰結しており着地点として鮮やかな物であります。
その上で主人公スタンは果たして「悪」であったのかどうか、見る側としても自問せざるを得ない物になっており、余韻は十分。
口当たりの良い作品ばかりが幅を利かせる現在のアメリカ映画に置いて本作は正に「良薬は口に苦し」といった風情もあり、評価に値するものと感じました。

当初案ではディカプリオ氏がスタンを演じるはずだったそうですが、B・クーパー氏の見映えと人当たりの良さもこの役には合っていた気がいたします。
おっかないのはC・ブランシェットで彼女のクライマックスでの行動には説得力が不可欠であったと思うのだが、スタンに対する真情は初対面のパフォーマンスシーンから何となく伺える訳でお見事でした(母親に対するアンビバレントな感情を見透かされたことが原因なのだろう)。
しかし本作の真骨頂はやはりこのアンサンブルキャストによる世界観の構築にほかならず、映画らしさを満喫いたしました。
また細部にまで配慮された美術(特に色合いの生かし方)もクオリティが実に高い。

さてデル・トロ監督、新作はNetflixでクレイアニメーション版の「ピノキオ」が今年後半に公開予定。
E・マグレガー、C・ブランシェットを筆頭に声優陣もオールスターキャスト。
やはりデル・トロ監督の人気は依然高い模様です。
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