くりふ

わたしは金正男を殺してないのくりふのレビュー・感想・評価

4.0
【独裁者の優れたシナリオ】

アマプラ見放題にて。気になっていたが、機会を逃していた一本。

これは今見ても衝撃的。巧妙な台本を元に演出された、わかり易い完全犯罪の実録やん。

当然、事件の謎全てが明かされたわけではないが、実行犯である女性二人の視点からの取材を重ねて生々しく纏め、より自分事に感じられるドキュメンタリーとなっていますね。

実行犯二人目、ゆるふわにも見えるドアンの釈放…余波までが映画の範疇。釈放は2019年5月だから、三度の米朝会談が決裂、金正恩が核武装狂化する辺りで本作は完成したのか?

最悪に近い形で、役者と舞台が見事に揃ってしまった。実行犯はまんまと仕立てられ、舞台となったマレーシアにとっては二人とも外国人。北朝鮮の関係者も逃げ易い状況だった。

それでも計画には穴があり、本作では触れないが、捕まった“薬剤の専門家”リ・ジョンチョルが、北朝鮮の大使館員と口裏合わせするビデオが犯罪立証の決め手となったそうだ。

この男…早々に釈放されるが、マスコミの前で定番の北朝鮮風演説で無実を訴える姿が滑稽。でも徹底洗脳されていたわけで、かの国の救いがたさも体現している。

コレ、表向きは知らないおじさんについて行き、まんまと騙された女の子二人の物語ですね。が、二人の側にも事情はあり、映画はそこをまず掘ってゆく。あくまで被害者という扱いだけど。利用されたとはいえ、二人がAssassinsであることに変わりはないのだが。

そこを考えると沈みますが…。こんな形で人殺しにされたらメンタル、どうなる?

…まあ、事件の全てが明かされたわけではないし、彼女らの証言をまんま、鵜呑みにするのも危険だと思いますが。

金正恩の物語とすれば、まさに“実写版”『ゴッドファーザー』。ファミリーの富と力を守るためなら、邪魔者は身内でも消す。特殊な環境で、そんな獣に育てられてしまったわけだ。

今では“北朝鮮のマイケル・コルレオーネ”の狂気は他人事でなく、私らの頭上にも核の雨、降らせる気満々なワケですが…。でも自分でやらかした事は、自分に還るんだよ金ちゃん。

映画はドアンに、彼女らしい、ゆるふわな願いを語らせて終わりますが、しかしこれがゆるふわなのに、ジワるサジェスチョンとなって心に刻まれてしまいます…。よき台本ですね。

<2023.11.28記>
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