幽斎

7500の幽斎のレビュー・感想・評価

7500(2019年製作の映画)
4.4
本作はAmazonスタジオでは無く、ドイツのMMCスタジオ製作。撮影がオーストリアのウィーン国際空港で行われ、欧州は劇場公開、北米と日本はAmazonで配信。清水崇監督が「呪怨」プロデューサーの一瀬隆重とアメリカで制作したクソ面白くないホラー映画「7 5 0 0」タイトルが酷似してるが本作は「7500」半角スペースの違いだけ(笑)。AmazonPrimeVideoで鑑賞。

7500は航空用語「squawk code」スコークコード。squawkはイギリス英語で鳥が煩く泣くと言う意味。航空機にはGPSとコールサインとは別に「0000」4桁の識別信号をトランスポンダで発信。管制塔や民間機のレーダーはコレを受信して日々飛んでる。トランスポンダが有れば無線機が故障しても空港とコンタクト出来る。燃料が少ないとか胴体着陸の場合は「7700」、ハイジャックは「7500」。

フライト・シチュエーション・スリラーは、ミステリーで言うクローズド・サークルと同じく究極の密室空間故に様々な映画が創られるが、演出に工夫が無いとテンポが単調に陥り易く、鑑賞に堪えうる脚本も相当な難度を有する。私が学生時代に書いた短編小説も被害者の女性は滋賀県の琵琶湖に居たが、犯人は羽田から福岡行きの飛行機の中と言う鉄壁のアリバイが有った。興味の有る方は私と似てる(他薦(笑)パトリック・ウィルソン主演「ライク・ア・キラー 妻を殺したかった男」レビューもご覧下さい。

Patrick Vollrath監督長編デビュー作だが、「Everything Will Be Okay」アカデミー短編賞にノミニーされた事がドイツの制作会社を動かした。本作も本国ドイツやEU諸国のコンペで高評価。飛行機モノはプロット頼みで文字通り失速する作品が多い中、本作は最後まで緊張感を維持したまま飛行する。撮影もフライトシミュレーターでは無く、プロダクションが購入した実物の飛行機で撮影。監督の演出はドイツ人らしくクソが付く程に真面目だが、リアリティを追及する面と、古い言葉で言うサスペンスが足りず絵面が冗長に感じる面とのバランスが、メンタルが重い結末と重なり、評価の分水嶺とも言える。

監督の脚本を気に入りドイツのケルンまで馳せ参じたのは、ハリウッド・スターJoseph Gordon-Levitt。大阪弁が喋れる生粋の日本通の彼は、ロボット工学の会社を経営するIT社長で妻のTasha McCauleyとの生活を優先する為、セミリタイアしてた。しかし、盟友Rian Johnson監督のレビュー済「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」出演で復帰を決め、肩慣らし的な意味で出演。が、拘りの強い監督の撮影が長引き、マサチューセッツ州ボストンに帰れなくなり、ナイブズには声のみ出演。代役が誰か推理して欲しい(笑)。

実は始めは主演はPaul Danoとリリースされたが、レビュー済「THE BATMAN-ザ・バットマン」出演交渉が長引き、Gordon-Levittに差し替えられた。監督は当初のプランを変えてGordon-Levittの演技力に賭け、座わる、立つ、移動すると言った一連の動作をシナリオよりも演者の即興に託す演出に切り替えた。その為、撮影や照明が必ずしもジャストフィットして無い事は見れば分る。しかも、ショットにフォーカスせず、1回の撮影で1時間近く回し続けるリアリスティック、だから撮影が長引く(笑)。それも全てはGordon-Levittを信頼すればこそ、だろう。

リアリスティックは劇判にも表れ、クレジットが映し出されるまで音楽すら流れない。機長役Carlo Kitzlingerは、ドイツ最大の航空会社ルフトハンザの本物のパイロット。落ち着いた存在感と良い声だった。本作では「音」に観客も集中する、環境音や操縦音、人の声や息遣いに至るまで。観終わると身体の何処かが緊張で痛く為るかも。似た作風は「ユナイテッド93」も有るが、本作はパイロット目線に特化してるのでレビュー済「トップガン マーヴェリック」とは違う没入感が有る。航空ファンなら着陸の緊張感は伝わる筈。スリラー好きの私でも、劇場で観たら直ぐに立てないかも(笑)。

秀逸なのは導入部。私は成りたかった職業の2位がパイロットなので、コックピットを観ながら職場体験気分。スリラー的には監視カメラの映像から伏線が張られてるが、ハイジャックへと空気感を変える視点が素晴らしく上手い。この辺は短編で鍛えた演出力の賜物だろう。犯人は冒頭から映ってるとか、操縦室のビュアーの仕組みを念入りに見せる等、本物のパイロットが出演してる説得力が観客にもビンビン伝わる。スリラー的に凄みを感じたのは、監督は「見えるモノ」と「見えないモノ」のONとOFFの切り替えが巧みで、最少人数での心理戦を見事に描いた。シチュエーションが、どうダッチロールするのか、貴方の目でランディングを確かめて欲しい。

デメリットを挙げれば犯人役の設定。イスラム過激派やムスリムを敵に回しても映画の興業に然したる支障は無いが、一歩間違えば製作国ドイツに対する増悪をブーストする可能性も否定出来ない。ハリウッド・スターが出演してるのでアメリカに対してもセンシティブなニュアンスも求められる。Amazonが欧州での配信を「逃げた」理由もお察しの通り。監督はナショナリズムを最小限に留めたので、逆にテロの動機が不鮮明に映る。Gordon-Levittのパートナーをトルコと聞いて「安易すぎん?」と思ったけど(笑)。この監督を活かして、是非ハリウッドで創って欲しい。スリラーをこれだけクリエイティブに描けるのは、才能でしかない。

緊張を解す為に小ネタを1つ。FAさんに教えて貰ったが皆さんはANA全日本空輸株式会社、乗った事有りますよね。でも何て呼びます?、実は「アナ」は禁句なんです。何故って飛行機だけに「穴」は☓だから。ニュースなら「エーエヌエー」と言ってるので憶えて帰って下さい。

航空法では操縦室の扉は絶対に開けてはいけない、たとえ乗客や家族が殺されようとも。
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