麟チャウダー

セイント・フランシスの麟チャウダーのレビュー・感想・評価

セイント・フランシス(2019年製作の映画)
3.8
めちゃくちゃ良くて、沁みる映画だった。特に、人生が思うように行ってない時期に観ると苦しいんだけど、その苦しみごと人生を掬い取って笑ったり涙を流してくれているようで、そして最後には不安を拭い去ってくれている真っさらな未来を手渡してくれたような、そんな物語に感じられたのが良かった。/

人生をどうしたいのかを主人公自身が手探りだからっていうので映画の前半は主人公にどこか呆れながら観てしまう。その上、主人公がそういう姿勢で人生に向き合ってるからか、人生の方から用意されて差し出されるものがどれもことごとく微妙。
でもそれはきっと主人公が自由だってことで、自由がゆえにどれを選び取ればいいのかが分からず、大切にするほどのものが無いままで、時間が流れて行ってしまった結果としての主人公の人生が映画の前半で描かれてたのかなって。

それが子守の仕事で出会った家庭と過ごして行くうちに、主人公が自由の中から自分で何かを選び取ろうと動き出せて、その結果、主人公をそう思わせた出会いそのものを大切なものだと思えるまでにしたのかなって。
だから後半での、主人公と子守をしている家庭との関わり合いがより深く、加速して行ったのかなって。主人公が関わった家庭のみんなが思っていることを吐き出せて、言い合えて、表明できたことで、笑い合えて、それが人との出会いや繋がりの素晴らしさっていう形で後半の物語を輝かせていたのかなって思った。/

中絶、生理、同性婚、産後鬱、人種差別…。
男性が体験する事のないことだったり、体験する事もできないようなことや本当の意味で理解できないことだったり、そのことに傷付いたり、分かってもらえなくても、なんとか戦って、心では決して負けないような登場人物それぞれの自分を生きる覚悟の強さを引き出し合う姿が素晴らしかった。そのことに涙を流しても、笑顔にし合えた関わり方をする人たちの姿が素敵だなって、素直に凄いなって思った。間違えたり、迷ったり、衝突したりしながら、自分の人生を表明し合うことで、より一層とそれぞれが自分の人生を深く理解できて尊重し合えるような出来事が描かれていたなって思った。

人生のこだわりが強いくせに人生を舐めてる人には痛いくらい刺さる言葉も多くて、主人公と共にハッとさせられた。/

フランシスが大人びた知識を持っているんだけどその扱い方はまだ子供で、だからこその遠慮のなさや奔放さに半分イラつきつつも、どこか笑えて心が軽くなるような言葉や行動がめっちゃ良いキャラだった。

マヤも、アニーも素敵なキャラクターだったんだけど、完璧な人として描かずに、ちゃんとダメな時期というか…、そこだけでその人を判断してしまわないであげてって思っちゃうような弱ってる瞬間も描かれていて、そこも描かれていたからこそ、その後に見せる表情が素敵なものに変化していくのが良かった。

数少ない男性の登場人物として、ジェイスは良いやつだと思う。たしかに面倒くさい部分もあるんだけど、やっぱりそういう不出来な部分も含めて人間だよなって思えるくらいには、他の登場人物と同じように良いところも悪いところも与えられていたキャラクターだった。あと、ジェイスの親友も。

それ以外の人物は割とどうしようもなさに満ちたまま放置されてる。そこもまた現実的ではあるんだけども。
ギター屋のおっちゃんは良い人だった。あと、池ぽちゃフランシスを助けた人も。/

主人公の人生は自由であるがゆえに、どれを選ぶかを決められず年齢やキャリア的な理由で、人生の自由が担保されたまま人生が不自由になって行ってるんだろうなって思う。

他者からの評価のために自分の人生を決めるんじゃなくて、自分で自分の人生を選び取りたいからこそ、ここまで遅れてしまったんだろうなって思う。でも同い年や知人の人生と比較したり羨んだりして、焦った選択をしたり軽率な判断をしたり、人生を選ぶ指針が頻繁にブレてしまっていたんだろうなって思う。
主人公は自分の意見をちゃんと持ってるんだけど、ちゃんと持ってるからこそそれが逃げる理由や言い訳や、自分の人生を生きる障壁や悩みになってしまっているようにも思えた。主人公が持っている知識や価値観を正しさとして優先することで、感情や思い遣りのような理屈じゃない人間の優しい部分を疎かに、蔑ろにしてしまっていたのかなって思った。

インターネットやSNSの中に自分の人生の正解を探していたり、相手の気持ちや意見を少しぞんざいに扱ったり、自分勝手さで他人に失礼な態度を取ったり。主人公が正しく自分の人生を歩みたいっていう思いが先行して、主人公のなんとも言えない性格の悪さみたいなのがチラホラ。
でもそれを上回る嫌な奴がいることで、主人公だけが人間としてのダメな部分を持っているわけじゃないっていう風に映るのが良かった。誰しも、欠点はあるし、ダメな時期もあるし、好かれる部分も嫌われる部分も持ってて、だからこそ人間っていうのは良いところも悪いところも併せ持っていたって何もおかしくないって思えた。/

主人公の母が育児体験での本音を主人公に打ち明けて、主人公が母の本音をマヤに伝えて、それがマヤの心を楽にした場面が良かった。笑顔が見れて良かった。
誰かが抱えていた悩みや問題が、他の誰かの気持ちを軽くするのは良いなって思った。しかも、主人公の母の本音が、主人公の母が居ないところで、主人公の母が知らない人の心を救っているっていうのが良いなって。でもそれを伝えたのは主人公で、主人公も主人公の母もいなかったら、マヤは救われていなかったかもしれなくて。
こういう人と人との関わりやこういう繋がりが、生まれてきて良かった、なのかな。もし主人公が生まれてこないを選んでいたら、この出来事はなかったわけだから。
これが主人公にとっていくつもある内の、生まれてきて良かった、の一つなのかな。なんていう風に思った。/

ウォーリーの洗礼後に、フランシスと教会で告解ごっこする場面は、さすがフランシスって感じの無邪気さが主人公に気付きを与える素敵なやり取りだったなって思った。
主人公は罪を告白するんだけど、自分が犯した罪は小さいものはたくさんあるって分かってて、でも大きいものは無いなって気付けたことで心が軽くなったんじゃないかな。あれ、なんだ、大きな間違いはしてないんだから大丈夫なんじゃないかって少しだけ人生の見通しが立ったんじゃないかな。
大きな間違いを正すのは大変だけど、小さい間違いだったらたくさんあったとしても、ひとつひとつを正していくのは簡単だから大丈夫なんじゃないかって思えたんじゃないかな、フランシスのおかげで。/

フランシスへの告解ごっこの後に、ジェイスに電話して留守番電話に思いの丈を吐き出すんだけど長すぎて途中で止まってしまう場面で、録音した長すぎた方を消して新しく手短に録音し直すんだけど、ここが主人公の人生を表しているような場面だったなって感じた。
1回目に失敗しちゃうんだけど、2回目にはちゃんと考えて要領よくやり遂げられる。経験してたり分かってることだったらちゃんと出来るけど、1回目だと失敗してしまうこともあるっていうところ。
でも、なんかここの場面では、何かの力が働いて主人公にチャンスを与えているようで、主人公の人生に誰かが、何かが、手を貸してくれたようでなんか良かった。
長すぎる録音中に自分の感情で突っ走ってしまってるぞって諭してくれて、消して新しく録音し直すか選択肢が提示されて、チャンスが与えられ、上手くやり直しすることが出来たことが良かったなって思った。/

主人公の「今までで最高の夏だった」に対してフランシスの「34年間の中で?来年の夏が待ち遠しい」っていう答えが良いなって思った。
今年が34年間で一番の夏なんだったら、来年の夏は35年間の夏で一番になるね、っていう意味のように感じた。最高は更新されて行くものだっていう、子供らしい一年一年を楽しんで味わっている感覚を思い出させてくれて、良いなって思った。/

フランシスが新しい環境に進んだように、主人公にも新しい環境に進む未来が続いているんだろうなって思う。
映画では描かれないけど、描かれないからこそ主人公のここからの未来には無数の可能性があり、どんなことでも出来るし、何でも始められて、限定されていないからこそ未来が明るいように思えた。
それはフランシスにとっても可能性が無数にあり、まだ未来が限定されていない年齢でここから始まるからであって、フランシスと主人公の未来が同じようにそこに重ね合わされたまま終わったから凄く良い最後だったんだろうなって思った。
主人公の人生に重ね合わされたものが、フランシスの人生で良かったなって。主人公が夏の間だけでも他の誰かの人生に入り込んで、子育てを体験して、家庭に受け入れてもらえたのが、マヤとアニーとフランシスとウォーリーの家族だったのが良かったなって思った。/
麟チャウダー

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