「名前」…
コレは何処までが実話なんだろう…
個人的に、ホロコースト作品群の中で上位に入る作品だった。
第2次世界大戦時にナチスドイツの強制収容所に入れられたユダヤ人青年が、自身をペルシャ人と偽り、架空のペルシャ語のレッスンを行うことで生き延びていく姿を描いた戦争ドラマ。
生き残るためにペルシャ人と偽ったジル。
ホロコーストの残虐さ以上に、人間の生命力とか想像力を描いた作品だった。
バレたら即銃殺の恐怖の中、脳の海馬の全てをフル稼働させての、えせペルシャ語の記憶術。
正直、信じ難い、いや有り得ないと思ってしまう自分もいた。
ただ、実話の説得力なんて今作には不要と思えるくらい、メッセージ力に打ちひしがれた。
コッホが、教わったペルシャ語で自らを「親衛隊コッホ大尉」ではなく「クラウス・コッホ」と答えるシーンは、彼もまた1人の人間である事を考えさせられる他作品にないメッセージのひとつでもある。
そして、ラストに繋がる、収容されていた人達の「名前」…
なるほど、そう言う事だったのか…
震えた。とんでもない感情の波が押し寄せてきた。
決してその他大勢じゃない。紛れもなく一人一人に名前があり、それぞれの人生があるのだ。
劇中でのセリフがリフレインされる。
「名もなき集団の1人として死にゆくのだぞ」
「名もなき彼らの命のほうがあなた方のより尊いよ。殺人隊じゃないから…」
そしてエンドクレジットのラスト、締めくくりはやはり無音。もちろん無音。
素晴らしい構成と、アプローチで描かれた傑作反戦映画だと思う。