KnightsofOdessa

Window Boy Would Also Like to Have a Submarine(英題)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

4.0
[クルーズ船は世界を繋ぎ、人を繋ぐ] 80点

フィリピンのジャングルの奥深く、パタゴニアを旅する豪華客船、モンテビデオのアパート。全く関係ない場所にいる全く関係のない人々は静かにポータルを発見し、交わるはずのない人間たちと交わっていく。題名で言及される"窓辺の少年(Window Boy)"とは豪華客船の船員の一人を指している。彼はぐうたらで船内を仕事もせずにフラフラしているが、ある日モンテビデオの見知らぬ女性のアパートに通じるドアを発見する。彼は躊躇もせずに彼女の部屋に上がり込んで彼女と親しくなり、彼女もまた豪華客船にやって来て船内を旅して回る。

監督アレックス・ピペルノにとって本作品は初長編作品である。ウルグアイ人であるがアルゼンチンで暮らしている監督は、アルゼンチンで知られていることがウルグアイには通用せず、その逆も正しいことから、両国を往来する際に使うフェリー船に対して"出会うことのない二つの世界の境界線"という役割と"出会えたかもしれない世界への可能性"という思いを抱いた。それが結実したのが本作品だというのだ。事実、フィリピンの山奥とモンテビデオのアパートを繋いでいるのは船であり、他にも気付かれていないポータルがいくつもあるのかもしれない。また、彼は二つの国の間に揺れることについて、"どこにも属さないことが妙に自由で力強さを与えてくれる"と語るなど、その手の出自を持った監督たちとは一線を画した発言をしているのも興味深い。

出会うはずだった二つの世界が出会ったときでさえ衝突や摩擦が起こるのに、出会うことのない二つの世界が出会って何も起こらないはずがない。しかし、本作品ではお互いの世界に脚を踏み入れて観光するだけで終わってしまう。衝突も摩擦も交換も起こらず、負の側面は全てスピリチュアルな世界観に包まれて有耶無耶にされてしまう。設定や世界観は確かに良いが、あまりにも夢物語すぎるのにも拍子抜けしてしまう。

それでも、闇に包まれた鏡だらけの船内をフィックス長回しで歩き回り、人の影がそこかしこに反射したショットにはペドロ・コスタの"死"の匂いがチラつく。直接的な"バタフライ・エフェクト"を想起させる水も興味深い。
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