松井の天井直撃ホームラン

望みの松井の天井直撃ホームランのレビュー・感想・評価

望み(2020年製作の映画)
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☆☆☆★★

冒頭『市民ケーン』のファーストシーンを意識するカメラワークから映画本編は始まる。

原作読了済み。

これはかなり読み応えのある原作でした。

〝 自分の息子は果たして殺人犯なのか? 〟

普通の家族を襲った《世間からの厳しい眼差し》


「息子の無実を信じたい。だけどひょっとしたら…」との思いが拭えない父親。

「あの子は人殺しなんかじゃない。そんな子じゃない。」と、オロオロするしかない母親。

「どうするのよ!私行きたい高校に行けなくなっちゃう!」と、憤る娘。

一見すると何の問題もない幸せな家庭だったのだが。実は事件の前から、夫婦関係であり親と子の間にはそれぞれ小さな亀裂が入っていた。
その亀裂は、事件が明るみになるに連れ次第に大きくなって行く。

だが、この原作が本当に面白かったところは…

徐々にこの家庭内に於いて、「ああしなさい!こうしなさい!」と、実権的な決定権を握っていた父親が。「どうすれば良いのだろう、、、」とオロオロし始め。逆に、始めはオロオロするしかなかった母親が、父親とは逆に「私がしっかりしなければ!」とばかりに、次第次第にその立場が入れ替わって行く辺り。




食べ残したチャーハンを三角コーナーのポリ袋に捨てる。
皿に載っている間はかろうじて食べ物のなりを保っていたチャーハンが、ポリ袋にはいった瞬間に穢れをまとい、グロテスクなごみへと堕していく。
(原作 191頁より)




マスコミの餌食となり、徐々に世間から好奇な目に晒されて行く家族。
この家族を知る人達からは好き勝手な言われようを浴び、SNSでの言葉の暴力からメンタルを削られて行く。多くの〝 面白がる人達 〟から、格好の餌となってしまう地獄の日々が続く。


父親は、世間体を気にし始めた途端に。それまでの「あの子は無実だ、間違いないんだ!」との思いが揺らぎ始め。逆に、「もしも犯人だったらなら、今までとは全く変わってしまうんだ!」と、体裁を取り繕ろうとする。

ところが母親は、「寧ろ殺人犯の方が良い!母として生きていてくれるのを望む!」と、強い意志を露わにする。この逆転現象が、読み進めて行くに従っての1番面白い部分だったと言えると思っています。
だからこそ出来上がった映画本編を。単なる事件の結末から、お涙頂戴の家族ドラマに仕立て挙げてしまったならば、この原作の面白い部分が観客には伝わらないのでは?…とゆう気がしました。

後半に於ける母親の心変わりによる〝 人間の業の深さ 〟
「絶対にこうだ!間違いない!」…との決め付けをしていた人達が、事件の全容が明らかになるに連れて(そこは原作には詳しくは描写されてはいないものの)どの様な気持ちでこの家族を見つめて行くのだろうか?
その辺りが、映画化に於いてはおそらく1番大事な部分なのでは?…と。



以下、映画本編を観ての感想になります。



ん〜〜〜〜〜! そりや〜そうなりますかね(-_-)

オープニングとエンディングを映画的なカメラワークで、「どこの家にでも起こり得る出来事なんですよ!」…とばかりに、映画的な広がりを持たせて描写するのは良いと思います。
但し、やはり恐れていた様に、単純な《親子愛》を強調する作品になってしまったのは残念なところでした。
まあ、ある程度は予想は出来ました。その様に描く方が、なによりもお金を出して観に来てくれるお客さんには1番分かりやすいのだから、、、

その為に、色々と原作の部分をカットしており。原作の後半に登場する、中学生時代のサッカー仲間の男の子や、飼っているペットのクッキー。更には、マスコミの報道の加熱振りも細かな点でカットされていた。

マスコミ関連で言えば。原作では描かれていた、執拗に鳴らされる呼び鈴や固定電話(仕事の為に必要)等。そこまで固執しなくても良い箇所も有るにはあるが。2階の妹の部屋への盗撮で有り、愛犬には散歩させなければならないので、やむなくマスコミの前に出なくてはならなくなり。その事で一方的に(加害者として)責め立てられ、不条理な状況にどんどんと追い込まれて行く描写。
お通夜の時に暴力を振るわれマスコミからの餌食にされた瞬間。自体が一変し、マスコミが一斉に撤収する慌て振り等は描かれてはいない。
それらの、SNSでの無責任な書き込みと並び。現代社会での加熱報道の行き過ぎが、映画本編ではないがしろにされていたのは、正直なところ少しガッカリとしました。

そして何よりも、映画本編を《親子愛》を強調した事で、原作が描写した〝 人間の闇の深さ 〟が薄まってしまったのが、、、

映画が原作との違いをはっきりと見せるのが、最後に明らかになる母親とジャーナリスト内藤。父親とリハビリ医師とのエピソードの順位。

映画ではこの2つの順番が入れ替わっており。父親の言葉が、息子の胸に届いてくれていたのが分かる感動的な終わり方に描いていた。

…しかし………

原作の恐ろしいところは。母親と内藤とのエピソードで、「例え殺人犯だったとしても、母親として生きていて欲しかった、、、」とゆう、人間の闇の深さを露わにする言葉で唐突に終わる事で。〝 結末はこうなったものの、本当は逆の立場も有り得たのですよ 。貴方ならばその時にどちらの立場を《望み》ますか? 〟と問われているところだと思ったのですが、、、


それにしても、この監督は相変わらずに光の描写が好き過ぎて、観ている間「おいおい!また光当てますか〜!」…と(u_u)

2020年10月10日 TOHOシネマズオリナス/スクリーン3