あくとる

空白のあくとるのレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
4.0
"もやがかかった真実"

あらすじからして「これは重いだろうな…」と思って、観る前から恐かった作品。
観てみると想像よりもとても淡々としている一方で、じんわりと深く染みるヒューマンドラマだった。
吉田恵輔監督は『BLUE』を経て、さらに洗練された作家になった印象。

単に事故の被害者と加害者という構図には収まらない人々の多層的なドラマ。
娘の非の可能性を一切認めようとしない被害者の父親、添田。
添田の追い込み、悪意ある報道やネットの書き込みによって、どんどん心を弱らせていく店長、青柳。
この映画の秀逸なところは肝心な事実がハッキリとは示されないグレーなところにある。
"娘の窃盗"も"青柳の過去の痴漢"も全ては"疑惑"であり事実なのかは誰にも分からない。
現代では報道やネットの書き込みによって、事実は自在に捏造されてしまう。
もはや、確実な事実など存在し得ないのかもしれない。
だから人々は自分の中にある"真実"に従って生きる。

見所はやはり古田新太演じる暴走する父親の変化。
彼は昔ながらの漁師気質というか、気難しい性格の人間。
娘を失い悲しみ激怒するものの、娘のことについて何一つ知らなかったことに気づかされる。
後半、彼がまさに娘との"空白"を埋めていこうとする姿が胸をうつ。

無論、松坂桃李も安定の演技力。
真面目な青年のようだが、どこか冷たさを感じさせ、もしかして…と思わせるグレーさを体現している。

寺島しのぶ演じるキャラクターも味わい深い。
典型的なお節介焼きで、常に人のためにボランティアに励む。
それが人々には"善意の押し付け"、"善意を纏った暴力"にすら見えてしまう。
彼女もそれに気づいているのかもしれない。
彼女は自分の空虚さを知っているからこそ、他人に善意を振り撒くことで何とか生きる意味を見出だしているように自分には見えた。

世の中ハッキリとした善悪など存在しない。
だからモヤモヤするが、それでも折り合いをつけて生きていかなければならない。
生きていればどこかで"優しさ"に出会えるはずだ。
「世の中そんなに悪いもんじゃないよ」