鹿苑寺と慈照寺

空白の鹿苑寺と慈照寺のレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
4.7
添田(古田新太)の娘が青柳(松坂桃李)のスーパーで化粧品を万引きした。青柳は逃げた娘を追いかけ、果てに娘は車とトラックに轢かれ死んでしまう。
マスコミの報道が加熱する中、添田は「娘は万引きしていない」と主張し、あらゆる手で青柳を追い詰める。

終始、不快な展開が続き、観ているこちらがじりじりと追い詰められているような錯覚に陥ってしまった。
謝ることしかできない青柳、誰かに娘が死んだことの理由を引き受けさせないと心のやりどころがない添田。

娘に何の関心も払わず粗暴な振る舞いをしていた添田に最初は感情移入ができなかったし、モンスター化していく様も怖かった。
でも、なぜか少しずつ可哀想に思えてきた。なぜだろうと考えると、それは極めて人間的に見えたからかもしれない。側にいるうちは大切にしない癖に失ってからその大切に気づく。それがとても人間的に思えたし、哀れだし、可哀想だし、滑稽だし。でも、そんなもんだと思う、人間なんて。

マスコミによる過剰報道がとても印象的だった。
マスコミはよもや正しいと錯覚して、自分自身をそう思い込んで報道をしているわけだけど、当事者にとっての一番の「正しい」はとにかくそっとしておくこと。
添田は一貫して言っていた。「これは俺とこいつとの話なんだ」と。草加部(寺島しのぶ)にも言っていた。「お前は誰なんだよ」と。
それでもマスコミを代表とする悪意ある第三者と、本人は正義のためだと主張するも実は問題解決の邪魔にしかなっていないただの他人。
それでも本作は当事者間で折り合いをつけようとした。
お互いの運命は大きく変わってしまったけれど、前を向けるようなラストだったと思う。

「正しい」と「正しくない」の間はとても曖昧で、その曖昧な間のことをタイトルの「空白」で表しているのかなと思った。
娘が描いた絵を見て、真っ白なキャンバスに油絵を描き始める添田が、今まで娘のことを知ろうともしなかった「空白」を埋めるような作業に思え、それで少しでも救われたらいいなあと感じた。



以下は個人的なメモ
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・万引きした化粧品
→添田は万引きしていないと主張。化粧なんてしているのを見たことがないから。
→盗んだのは透明のマニュキュア。父親がいかに娘のことを見ていないか。とても悲しいシーンだった。

・押し付けがましい草加部。正義だと勘違いしているただの他人。

・担任教師の今井(趣里)の「もっとちゃんとあの子のこと見ていてあげれば良かった。良いところも認めてあげれば良かった」という趣旨の台詞に対する同僚教師の「今さらずるいですよ」がなんか絶妙に刺さった。すごいわかる。

・添田の弟子的存在である龍馬が良い
→龍馬が記者陣に対して「撮ってんじゃねえよ」と詰め寄るシーン。それを遠目に見る古田新太。ここがグッと来た。何らかの思いを受け取ったように見えた。ここから父親の態度が変わっていったように思う。

・娘を轢いた女性の自殺。
→母親が添田に謝罪。無言の添田。ここでも言葉ではない何かを受け取っているように思えた。

・娘のことを知ろうとも理解しようともしなかった添田。娘の絵を見て油絵を描き始める。
下手すぎて龍馬に笑われる。ここでの添田と龍馬のやり取りがめちゃくちゃ良かった。本作の唯一と言っていいほっこりできるシーン。「ブサイクなモナリザですね」「娘だよ」「そう言われれば美人かも」

・松坂桃李さんの演技が相変わらず良すぎる。
→追い詰められすぎて、弁当の中身を間違えられたときの弁当屋に対する「マジでぶち殺すぞ」というところの説得力。あそこまで追い詰められると誰かに自分の苦しさをぶつけたくもなるよな、添田のように。添田と同様に青柳についてもとても人間的に描かれていて、それをちゃんと体現できる松坂桃李さんはやはり凄い。
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