hikarouch

空白のhikarouchのレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
4.6
前半は予告編通り、いやそれ以上の胸糞展開で、登場人物の誰にも感情移入できずしんどい展開だったのに、後半になるとガッツリ感情移入して最後まで泣きっぱなしだった。。。すごい映画。。。こういう鑑賞体験はあまり記憶にない。

アバンタイトルのシークエンスは相当にショッキングなので、かなり閲覧注意だと思うけれど、でもあの衝撃は必要だったと思うし、それがエンディングにいたるまで作品内で強烈にこだまするからこそ描ける話だったと思う。(交通事故って、ああいうことなんだよな。こわい。。。)

人間、40年、50年と生きていくうちに、良くも悪くも自らのスタイルは固定化してくる。それとは対称的に、世の中はもの凄いスピードで変化し続ける。数十年前までは当たり前、むしろ良きこととされていたことが、そうでなくなる。そうして、時代錯誤の昭和オヤジができあがる。
古田新太演じる父親は、まさに昭和気質のコワモテガンコジジイ。それが正しい、そうあるべきと信じ切っている。強権的に娘や弟子や周りの人たちを押さえつけ従わせることによって物事を進めようとする。実は、そこに悪意は全くない。
(しかし、この弟子はヨソの家庭のゴタゴタに巻き込まれまくってかわいそうだね。凄いいい子。)

僕が一番感動したのは、このガンコジジイが自らのスタンスの否を認めて、変わろうとするところ。自分の過ちを認めることで、世界がパーッと開けて、それまで見えていなかった様々なものが視界に飛び込んでくる。いろいろなことに気づき、自分の愚かさを悔いると同時に、変わりつつある自分をちょっとだけ誇れる。古田新太に泣かされまくった。

この父親だけでなく、松坂桃李演じるスーパーの店長にも、寺島しのぶ演じるパートのおばちゃんも、事故をきっかけに自分の信じていた世界を揺るがされ、気付かされ、この世の中で生きていくということを考えさせられる。

起きてしまった事実は本当に不幸の極みで、誰一人として幸せにならない話だが、その中でも人間の生まれ変わり、文字通り人生の再スタートの話でもあり、このような感動をもらえて感謝の気持ちすら覚えた。

決して説教臭くなく、とても映画的な上品な演出と、雰囲気たっぷりの画作りと、エンターテインメントとしても非常に良く出来ていると思った。「え、自殺した!?」という電話によるミスリード演出も良かったし、仏壇にさり気なく置かれたiPhoneで泣いた。

吉田恵輔作品は、明確な作家性がありつつも、作品ごとに受ける印象は全く違っていて面白い。「愛しのアイリーン」は超苦手だったけど、本作は良かったなあ。
hikarouch

hikarouch