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オッペンハイマーのhikarouchのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.7
3時間の長い映画を作るなら、これくらいやれよ!というほどの傑作だと思う。
映像の美しさ、音楽音響の凄まじさ、超豪華キャストによる演技、時系列を巧みに操る脚本にセリフ、長さを感じさせないリズミカルな編集も、CGに頼らない特殊効果撮影も、すべてが超一流という感じ。
これはちょっと他の映画は太刀打ちできないと思うほど。あまりにスキがないので、「ノーラン、マジメか!」とツッコミたくもなってしまうが、この題材においてユーモアを入れることはほぼ不可能かもな。

原爆開発プロジェクトのサクセスストーリーと、オッペンハイマーという人物の伝記と、私怨に端を発するハイコンテクストな駆け引きの話とが、渾然一体となって語られるので、そのすべてをつぶさに理解するのは非常に難易度が高い。
それでも、話の幹はそれほど苦労なく分かるようにはなっているし、これら3つはお互いに強く関わり合っているので、ストーリーテリングとしてもものすごく高度なことをやっている。
そしてこのちょうど良い難解さが、3時間集中を切らさず飽きさせない要因にもなっている。(登場人物が非常に多いので、名前と顔と役割のマッチングが追いつけない部分はちょっと苦しかった。)

映画を見ていて、悔しくて涙が止まらなかったのは初めてかもしれない。
これだけ若くて優秀な科学者が集まり、前向きなエネルギーと、莫大な予算とを投じて達成した人類未踏の偉業の結果が、何の罪もない市井の人々の命と暮らしの無差別大量破壊だということが、悔しくて悔しくてたまらなかった。それだけのエモーションを呼び起こすチカラが、この映画にはあったということだとも思う。

ナチスが崩壊したのにマンハッタン計画が継続されたことが誤りかのように見えてしまうけれど、それは違うと思う。じゃあ広島や長崎ではなく、ベルリンやフランクフルトだったら良かったのか?そんなわけない。
「相手が作る前にこっちが作らなきゃ!」というチキンレースを始めた時点ですでに外交の放棄であり、人間らしいコミュニケーションの敗北であり、所詮は人間なんて余計な知恵を持っただけのケダモノだと認めてしまうようなものだ。「核の傘」とやらに守られている日本人がこんなこと言うのもチャンチャラおかしいけども。

この映画のメッセージが、監督のクリストファー・ノーランが、反核であることは一度この映画を見れば明らかだけど、それでも原爆による被害が実際にはどのようなものだったか、映像はおろか写真の一枚さえ見せないのは、さすがに観客を甘やかし過ぎだと思った。もちろんその罪は、オッペンハイマーだけが背負うものでも、トルーマンだけが背負うものでもない。人類が背負わなければいけないもの。観客はそれを網膜に焼き付けなければいけない。心の底から悔しがらなければいけない。ノーランにも明らかにその意図があったと思うからこそ、そこの部分は少し残念に感じた。
その意味で、この作品を一番理解できるのは、原爆とその被害について子どもの頃から見聞きし続けている日本人なのではないかとすら思う。日本人こそが、見るべき映画だ。そんな作品を公開停止にしていたのは、どこのマヌケなのか。その視野の狭さと思慮の浅さが信じられないね。

ラスト直前のJFKへのあからさまな目配せは、必要なんですかね?
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