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空白のsomaddesignのレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
5.0
映画の入口と出口がこんな違う映画ある!?

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女子中学生の添田花音はスーパーで万引しようとしたところを店長の青柳直人に見つかり、追いかけられた末に車に轢かれて死んでしまう。娘に無関心だった花音の父・充は、せめて彼女の無実を証明しようと、事故に関わった人々を厳しく追及するうちに恐ろしいモンスターと化し、事態は思わぬ方向へと展開していく。

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吉田恵輔監督のファンだから贔屓目かもしれないけど、今年イチ凄い映画だった! 吉田恵輔最高傑作でた!

入り口は予告編から想像した通りの、傍若無人なモンペストーカーなスリラー。だけかと思いきや、想像以上の多層的で多面的な物語が立ち上がって、見終わる頃には心がズタズタになりながらも温かい気持ちになった。
「みんなどうやって折り合いつけてんだろうな」ってセリフが心に沁み沁み。

RHYMESTARの名曲POP LIFEの一節を連想しちゃう。
「あるいは立場を交換すると ヤツにさえかすかに共感する
どころかヘタすりゃ共通項ばっか だったりして ちょいとこいつは困った
こちらから見りゃサイテーな人 だがあんなんでも誰かの大切な人
ならいいじゃん?と思えた不思議 風向きだって変わるさそのうち」

モンスターだと思ってた人が角度を変えれば全然違って見えたり、被害者も弱さを振り回せばモンスターに見えちゃう。同じ出来事の裏表で加害と被害がひっくり返るし、誰かの正しさがみんなの正しさとは限らない。正しくあろうとすればするほど、間違ってしまうのも人の常。思うにならない不条理さと、どう折り合いをつけるかが今作の肝と見た。

自分が見た吉田恵輔監督作は「純喫茶磯辺」に始まり、「ヒメアノ〜ル」「犬猿」「愛しのアイリーン」「BLUE/ブルー」。何気ない日常がきっかけとなる出来事によって壊され、隠されてた人や世間の残酷な一面があぶり出される。人間の卑近さだったり、容赦なく現実を突きつけてくるものばかり。毎回見終わってドスーンと腹にたまる傑作多し。

物語上は青柳と添田の対立構造で、被害者が加害者に変わってく構図。添田がズケズケと自分の要求を押し通す人物である一方、なかなか自分の意見を言い出せない青柳店長の対決が主軸。だけどその一つ下の階層では「被害者家族vsスーパー」の構図だけじゃなく、ハッキリ物言う組(添田&草加部さん)vs言えない組(青柳&花音ちゃん)の対立にも思えた。自分の正しさを信じて周りを敵だらけにしちゃえる人と、自肯定感が低くてなかなか意思を表明できない人の対比でもある。俯瞰すると同じことの裏表に見えてくるのが面白くて、どちらも究極的には弱さ/強さをぶん回して暴力性を帯びてしまうのが悲しい。しかも登場人物ほぼ全員、自分の選択に疑問を持って、自分で自分を締め上げてく。締め上げすぎて残念な決断に至ってしまう展開がホントに辛くて、劇場から逃げ出したくなった。

兎にも角にも怪人・古田新太の凄み。粗暴で自己中心的なモンスターだと思ってた人が、徐々に内面の変化も相待って立体的で多面的な人物に変わってく。あんな人が最終的に愛すべき人物に印象変わるとは思わなかった。

松坂桃李演じたスーパーの店長。誠実で真面目な人物……のようでいて、事態に流されてしまいがち。自分で考えて行動するのが苦手っぽい。
悪意を持って切り取られたとはいえ、言動があまりにも軽率。経営者として従業員の生活かかってるんだから、もうちょっとしっかりせえ!と思うけど、父親の死である日突然継いだんだから、しょうがないのかな?とも思う。
青柳店長の過去や当日の疑惑について真相が明らかにされないのも巧妙。事件の真相を「空白」にすることで、どうしても色眼鏡で人を見てしまう危うさについて、観客もまた巻き込まれる作りになっている。一元的に被害者/加害者で切り分けずに、正邪の審判を映画内で下さないし、観客に丸投げする訳でもない。問題に誠実に向き合ったからこそのあのラストが泣ける。

寺島しのぶの演じた草加部さん。親切で正義感が強いけど、何事も正邪に二分しがち。彼女の抱えるコンプレックスや孤独や焦燥が「正しい」行動の裏返しでもあって、正しはずの自分の報われなさが彼女の行動を加速させちゃう。世間を自分の正義で押し通る姿が添田充と鏡像関係にある、いい人モンスター。

若くして事故で亡くなってしまう花音ちゃんこと伊東蒼。「湯を沸かすほどの熱い愛」のあの幼な子がもうこんなに大きく! 単に薄幸の少女なわけじゃなく、彼女なりの幸せや気遣い、苦悩が透けて見える。いなくなってからの方がその人が知れるってのも現実にはよくあることよね。
松坂桃李とは「湯を沸かす〜」でも共演してたけど、二人の役どころが全然違うので今作へと続けて観ると複雑すぎる気持ちになる。

不幸にも事件の当事者の一人になってしまう女性・中山。演じた野村麻純の演技が印象的。出番は少ないものの、中山さんのバックボーンが透ける、厚みのある演技がとても良かった。母子家庭で、学生時代から貯めたお金でやっと手に入れたマイカー。ウキウキで乗り回し始めた矢先の事故……予測も対処もできないタイミングなので、おそらく不起訴になっただろう。そのことが余計に彼女を苦しめてしまったかもしれない……と妄想してしまう。彼女もまた折り合いがつけられなかったのだ。

キーマン片岡礼子。あの場面のアノ行動が彼女なりの折り合いのつけ方なのかと思うと、立派というより切ない。最後まで娘の責任を果たしてやりたいのと、娘の尊厳を守りたい思い。彼女の哀しみと愛情の行動は、そのまま添田のそれと対になる。

あのラストは何も解決しない(しようもない)過酷な現実を前に、どうにか前に進むための着地としてとても誠実。いつか折り合えることを信じて、微動でも進んでいくしかない。



65本目
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