まーしー

空白のまーしーのネタバレレビュー・内容・結末

空白(2021年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

スーパーで万引きした少女が逃走中に見舞われた交通事故をきっかけに、少女の父親(古田新太)、少女を追いかけたスーパーの店長(松坂桃李)、少女が通う学校の担任(趣里)、少女を車で撥ねた女性(野村麻純)たちの人生が狂い出す——。

何だろう、何とも言えない気持ちになった。深夜に鑑賞したにもかかわらず、眠気が襲うこともなかった。鑑賞後には茫然自失となるほど考えさせられる、非常に深い作品。

本作の登場人物に、悪者はいないのかも知れない。
複雑な家庭環境で育った少女が万引きを犯したのは、怖さのあまり父親に「買って欲しい」と素直に言い出せなかったからだろう。
その父親も気性が荒く、男手一つで思春期の娘を育てられるほど器用なタイプではない。
日頃から万引きに悩むスーパーの店長が、万引きした少女を必死に捕まえようとするのも自然な対応だろう。
目立たない少女の自立を促すため、若い担任が時に厳しく指導することも不思議ではない。
急に飛び出してきた少女を車で撥ねてしまった女性も、あの事故は避けようがない。

強いて言うなら、娘に無関心だったにもかかわらず、事故後にモンスター化する父親が一番悪いのかも知れない。
しかし、都合の良い場面だけを切り取り、世間に対してセンセーショナルに事件を報じるマスコミほど、罪はないような気がする。本作で描かれたマスコミの対応は、関係者の人生をより狂わせたと言っても過言ではない。

では、仮に登場人物に悪者がいないとすれば、なぜこうした悲劇が起きたのだろうか。また、
この悲劇に対するモヤモヤをどのように消化すれば良いのだろうか。
それは答えのない問い、つまり“白紙”なのではないだろうか。
本作は、たまたま接点を持った登場人物によりもたらされたこの“白紙”、換言すれば「空白」地帯を、見事に描いていると思う。
そして、起きた交通事故は関係者に喪失感や虚無感、無気力をもたらし、それぞれの心にぽっかりと「空白」部分を生み出している。
“存在感のない”少女、“透明”のマニキュアの万引き、娘のことを“知らない”父親、といった内容も、タイトルの「空白」に繋がるエッセンスだろう。

様々な立場や価値観の人たちがいて、この世の社会は成り立っている。
しかし、その成り立ちの歯車が少し狂えば、時には深刻な影響をもたらすことがある。
本作は、その最たる例を描いている。いつでも身近に起きそうな事件・事故をうまく切り取り、古田新太の怪演と松坂桃李の好演で成り立った傑作だと思う。

個人的には、少女を撥ねてしまった女性の自殺が耐えられなかった。
遺族に謝罪しても無視され、自責の念に堪えられなかったのだろう。優しい性格であったが故の選択だったと思う。
そして、自殺という道を選んだ娘を「無責任」として、遺族に再び頭を下げた母親の姿は何とも表現しがたい。私にはあのような対応ができない。少女の父親に対し、「人殺し」「娘を返せ」と泣き叫んでいるような気がする。

以上のように、描かれている内容は非常に重い。観終わった後にずしんと心に重さが残る。
しかし、観て良かった映画だと断言できる。
お勧めいただいたフォロワーの皆さまに感謝です。
そして、長文のレビュー失礼しました。