KnightsofOdessa

ファイブ・イージー・ピーセスのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

4.5
No.509[自分が嫌いな人間は他人を好きなんかなれない] 90点

能力があるのに向き合わないというよりか、能力があるからこそ向き合わないという表現が正しいように思える。中途半端に能力があると、そんな努力しなくても割といいとこまでいけちゃうし、だからこそ取り憑かれたようにそれが好きな人間かそれ以外のものを知らない人間以外は、大体が努力しない。ボビーの場合、ピアノが嫌いなわけでも、幼少期親に厳しくしつけられたわけでもないからこそ、ピアノがあれば弾いてみようと思うし、親が病気と知れば駆けつける。挫折したことに対する明白な憎むべき対象がいないのだ。結局自分が何がしたいのかすら分からず、その場で自分がしたいことを淡々とこなすことで人生の時間を消費し続けている。しかも、それを認識しているのが余計に悲しい。"あー俺何やってんだろー"という考えが頭の片隅にあるからこそ、破滅型アンチヒーローにもなれないという地獄。そして、自分を嫌いな人間が他人を好きになんかなれはしないので、殻の中に閉じこもったまま武装のトゲだけが増えていくという始末の悪さ。そしてそこに、自分とは対極にある女を選んだという明らかな判断ミスが加わって、ボビーはどんどん息詰まっていく。

逆に、自分が洗練された上流階級出身であることから、ある種の余裕があるのも面白い。日雇い労働を何の問題も起こしていないこちらから辞める人間など初めて見たわ。これもおそらく一芸を持った人間の精神的な余裕から来ているんだろう。

家族の接し方も不思議で、代々音楽家の家系なのに、兄や姉は"おぉ!おかえりー"って感じだし、その後も特にお咎めはない。一瞬『ゲット・アウト』みたいなヤバイ家族なのかと勘違いするくらい、ボビーに優しい。もしかしたら父親が正常な状態だったらまた状況も変わっていたのかもしれないが、最後の浜辺のシーンを観る限り、厳格で近寄りがたいという感じはしなかったから、それも不思議でならない。

雑にまとめてみるとこんな感じだろう。ノー勉で80点取れるけど、勉強してないから点数はこれ以上伸びない。勉強してもしなくても点数はそこまで変わらないし、別に80点取れるなら困らないから勉強はしない。ここで、これまで60点しか取れなかった人間が猛勉強の末、80点を取る。点数は自分と変わらないのに20点もアップしたことに注目され、常に80点を取っていた自分は蚊帳の外に置かれる。やがて、勉強してきたそいつの点数は遂に自分の到達できなかった域に行ってしまい、80点しか取れない自分はお役御免になったと感じる。こうしてやる気を無くした才能保持者がふらふらし続ける映画が本作品なのだ。私のような落伍者が観るにはぴったりの映画じゃないか。
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