イルーナ

劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション ミュウと波導の勇者 ルカリオのイルーナのレビュー・感想・評価

3.5
前作『裂空の訪問者デオキシス』が当時、観ていて怒りすら感じるレベルで残念に思っていただけに、本作もそれほど期待していなかったのですが、観終わった後の感想は「びっくりするほどシナリオがまともになったな」というものでした。
もっとも、「実は粗がかなり多いけど、前作があまりにも酷すぎたため、相対的に良作に見えた」と表現するのが正しいのかもしれませんが。

いつもの劇場版ならサトシは味方ポジションのポケモンとすぐに打ち解けているのですが、本作ではルカリオが「主人のアーロンに捨てられたと思い込んでいて、そのトラウマを引きずっている」ことから中盤までずーっとギスギスした関係。
お互い積もり積もった不満が爆発して、取っ組み合いの大ゲンカにまで発展してしまう展開は当時かなりの衝撃でした。
そうした紆余曲折を経て、お互い和解できたときは心底ほっとしました……

本作で先行公開されたルカリオはクール系キャラとして人気ですが、もう一つ観てほしいのが、アーロンへのあまりにも純粋すぎる思い。
アーロンの「ああしなければお前はどこまでも私についてきて、私と運命を共にするだろう」という遺言に「もちろんです!」と答えるのが、もう……
さらにここでアーロンとの関係が「主従関係」から「友達」に変化しているのもポイント。
最終的にアーロンの元に召されることになるのですが、彼に関しては悲しいというより、「純粋すぎて不器用だから、このまま長生きしても幸せになれなかっただろうな……だから、これでよかったんだ」という、むしろ救われたような余韻がありました。
EDでもしっかり「救い」として描写されていました。
というか不本意な形で生き残ってしまった以上、真の意味で救おうとしたらこうするしかなかったんですよね。皮肉な話ですが。

また、物語後半の舞台である「世界のはじまりの樹」。その内部には古代ポケモン、伝説のポケモンが生息している。さらにこの場所そのものが生命体で、結晶の根が張り巡らされ、免疫システムまで備えている……という、ロマンあふれる設定。色使いもまた、透明感に満ちていて素晴らしいです。

……と、ここまでは「シナリオがまともになった」の部分。じゃあ、粗がどれだけあるかというと……
まず戦争の描き方が軽すぎる。アーロンが犠牲になったとはいえ、世界のはじまりの樹の力を借りて解決してしまった。
戦争って、数多の国や民族、人間の思惑が複雑にもつれあった末に起きるものですよね?怒りと憎しみを鎮めるだけで解決するって、何か違ってないか?
これなら災害の方がまだ、人間の思惑が絡まないだけ自然だったと思います。
(とは言っても、隕石衝突は『裂空の訪問者』、津波は『水の都の護神』と、すでに過去作に取られていたから厳しかったのか?他にも、地震や噴火じゃ真っ向から立ち向かうイメージがわきにくい)
要所要所で重要な役割を果たした時間の花も、冷静に考えるとご都合主義そのものだし……
とにかく、「ルカリオとアーロンの絆の再生」という結末にしたいがために、取ってつけたような設定が多すぎる。
言い換えれば、「一つの結末に導くために、各種設定を無理やりこじつける」というパターンに嵌ってしまっているのです。

そしてミュウの描き方。「友達がほしいから」という理由でピカチュウとニャースを誘拐したことが今回の冒険の発端でした。ささやかな願いが原因なのはともかく、それによって結果的に自身が弱り、命を共有している世界のはじまりの樹が崩壊の危機に陥るというのは無理がありすぎる。
『ミュウツーの逆襲』の時から一見愛らしいけれど実はかなりのトリックスター、ひいては人智を超えた存在として描かれていたとはいえ、これは流石に自業自得、としか……
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