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あのこは貴族のambiorixのレビュー・感想・評価

あのこは貴族(2021年製作の映画)
4.0
「上級国民にも上級国民なりの悩みがあるのヨ」なんてテーマの映画を俺のような下級が見て面白いのかよ?んなもん知ったこっちゃねえよ、とはじめは思うのだけど、なぜだか無性に面白かった。
松濤の開業医の家に産まれた箱入り娘の人生、というきわめて特殊な状況を描いておきながらその実、人間誰しもが抱える根源的な孤独からくる生きづらさだったり、「同じ階級の男とくっついて子を産み仕事もやめて旦那に屈従しながら生きることこそが女の幸せなのだ」みたいな旧態依然とした保守的な価値観だったりを浮き彫りにし、でもそれでいて決してこれらを善悪二元論で切り分け、エンタメ的に断罪してしまうわけではない、どころかある種の諦観をもって登場人物たちを眺めてみせる、そのまなざしがとても優しくてユニークな作品だった。自分の実人生の中ではおそらく交わることがないであろう階級の人間の生きざまをこうも普遍的に描けてしまう岨手監督と原作者の手腕には参ったというしかない。
「誰かに敷いてもらったレールの上をただトレースするだけの人生」をタクシーという乗り物に仮託して語る手つきもうまい。タクシーの後部座席に座って移動するヒロインの姿を序盤から一貫してしつこくしつこく描いてきたからこそ終盤のあの場面が際立つのだし、自分の意志でレール=タクシーから降りてみないと出会えない人たちや景色、ってのも間違いなく存在するんだね。
そのヒロインを演じる門脇麦もよかった。めちゃくちゃ美人ってわけではないんだけど、ナチュラルボーンなお嬢様感というか、日常のさりげない細かい所作からにじみ出る育ちの良さ、上品さ。これは演技指導の賜物でもあるんだろうけど本当に素晴らしかった。
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