MasaichiYaguchi

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙のMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

3.5
シャル・ウィ・ダンス」は、ユル・ブリンナーとデボラ・カーが主演した名画「王様と私」に登場する曲で、映画ファンでなくても知っている人は多いと思う。
映画の中でマーガレット・サッチャーが、亡き夫・デニスとの甘いロマンスを思い出す時に何度かこの曲が登場する。
印象的な二つのシーン、一つは初めての下院議員選挙に落選して落ち込んでいる時にデニスにプロポーズされ、それを受けて初々しく踊る時と、もう一つは、終盤に認知症の彼女が幻影として現れる亡きデニスに対して「ある決意」を持って踊るシーン。
映画は、認知症となった老境のサッチャーが亡霊のように彼女に寄り添うデニスに、昔語りする形式で過去と現在をフラッシュバックしながら展開していく。
雑貨商の家に生まれたサッチャーが政治家を志したのは市長までになった父の影響が大きく、父の政治信念を継承すべく「女は主婦」という枠組みに納まらないで生き方をする。
それを端的に表現しているのが、デニスのプロポーズの際に彼女が受諾する条件として「食器を洗って一生終えるつもりはない」と宣言しているところ。
優しくて理解のある夫と双子にも恵まれ、家庭人としても充分幸せだったにも拘らず、そこに安住することなく圧倒的な男社会である政界に進出していく。
女性で庶民出身ということで蔑まされながらも、政界で彼女は一人で闘い、政治家としてステップアップしていく。
そして遂にトップへ、しかし当時のイギリスはIRAのテロ、労働争議、高い失業率と問題が山積み状態。
党内の反発や国民から蛇蝎の如く嫌われようとも、彼女は高い志と信念を持ってダイナミックに改革を断行していく。
首相として孤軍奮闘している彼女をデニスは影のように寄り添い、精神的に支える。
やがてフォークランド紛争勃発し、事なかれ主義の閣僚をよそに彼女は愛国心と己の政治的信念に基づき参戦を決断して勝利する。
映画でも描かれたが、この時が彼女の政治家として、そして人生においてピークだったと思う。
しかし「盛者必衰」の理にあるように、人の話に耳をかさず、自分の信念で政治を進める彼女から人々は離反してしまう。
そして訪れる引退の時、赤いスーツを着て、赤いバラが敷き詰められた官邸の廊下を歩き去っていく彼女の姿が印象的だ。
家庭人としての幸せを放棄し、国の為、国民の為、高い志と信念で政治家を全うしたマーガレット・サッチャー。
晩年の彼女に訪れた思いは、自分の生き方で振り回された夫・デニスや子供達への呵責、それゆえに現れるデニスの幻影を払拭する為に執った彼女の行動に哀感を覚えずにはいられない。
ラストシーンでの彼女の姿に何とも言えない余韻が残ります。