KnightsofOdessa

アンモナイトの目覚めのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

アンモナイトの目覚め(2020年製作の映画)
2.0
[化石を拾う女の肖像] 40点

ボロボロの汚れた服でロンドン自然史博物館の床を拭く老女は、尊大な男の声に押しのけられ、運び込まれたメアリー・アニングの見つけたイクチオサウルスの頭蓋骨の化石は、別人(しかも男)が発見したものであるとする表示に差し替えられる。開始3分も経っていないが、これが本作品の舞台である1840年代を圧縮した状況であることは一瞬にして理解できる。そこから一瞬にして時間と場所が飛んで、今度は一生曇天の隙間から太陽を拝めなさそうなドーセットの寒々しい風の吹き荒ぶ海岸で、観光客に売るための化石を拾い集めているメアリーその人が登場する。化石集めが有産階級のある種の余暇として消費された時代から少し進み、学問として体系が整いつつあった当時としては珍しい光景だったが、子供の頃から化石売りで家計を支え、11歳でイクチオサウルスの頭蓋骨の化石を発見した彼女にとっては、泥まみれになりながら崖の中腹にある大型化石を掘り起こす作業まで日常の範疇にすぎない。彼女はそれ以外に生き方を知らないからこそ、時代遅れになってもそれに縋り続けるしかないのだ。

そこに登場するのが療養のため、夫に伴われて当地を訪れたシャーロット・マーチソンだ。史実ではメアリーよりも11歳年上の地質学者だが、本作品では逆に20歳は年下(ウィンスレットとローナンは21歳差)の若い女性として描かれている。地質学者である夫ロデリック・マーチソンは、メアリーの仕事ぶりを観察したいとして多額の報酬を提示し、死にかけの老母を世話しているメアリーがそれを断れるはずもなかった。シャーロットは最近幼い我が子を亡くしたのが原因で塞ぎ込んでおり、ロデリックは彼女が勝手に元通りになってくれることを望んで、これ好機とメアリーに押し付けてロンドンへ帰っていく。それ以降一度も登場しない。

メアリーと共に暮らす老母は、隙間風の吹き荒ぶ家の中で絶えず咳き込んでおり、10人いた子供のうち8人を亡くしたことから、彼ら/彼女らを模したであろう小さな陶器の動物像を毎日のように磨いている。残り一人の兄弟姉妹には言及されないが、倒れたシャーロットの看病を"女性の面倒を見るのは女性の仕事では?"と擦り付けられる様を見てしまえば、母親の世話も同様の経緯を辿ったであろうことが朧気に分かる。メアリーは、この時代の一般的な研究者とかけ離れ、現場で磨いた技術も自身の存在すら顧みられない環境に縛り付けられていたのだ。

そこへやって来たシャーロットは、未だに子供の死から立ち直れていないメアリーの母親にも、おそらくメアリーと過去に恋人関係のあった地元の有産階級の古生物学者エリザベス・フィルポットにも重なり、古い世界に閉じこもるしかなかったメアリーの世界をこじ開けていく。しかし、メアリーとシャーロットの身分差に由来する"見える世界の違い"はかなり大きく響いてくる。シャーロットの"私と同じ世界を見て欲しい"という思いは、あまりにも強引かつ独り善がりで、金持ちの道楽のようにしか見えない。彼女が最終的に提示する彼女なりの解決策も非常に短絡的で、その後のガラス越しに眺めるショットも含めて、二人の根本的な断絶を示す皮肉なエンディングと言えるだろう。ただ、監督はこの帰結について、"時代ものだからって結末を不幸にする必要はない"という主旨の発言をしているようだが、都会の貴族が遅れた考えを持つ田舎人を教育するという側面が強く出過ぎた物語を喜んで受け入れる気にはなれない。

残念なのは描写があまりにも希薄すぎることだろう。一つ一つのシーンにおける感情の揺れ動きは、目線や手の仕草などで理解できるが、本当にそういった小手先の描写に終始していて、メアリーとシャーロットの間に感情のぶつかりあいが全く見えてこない。メアリーのアンウェルカムな当初の態度が1秒たりとて崩れた気がしないのだ。そんな感情的な冷たさ/起伏のなさが、単に事実を羅列するような構成とも絶妙にマッチせず、その先に登場したセックスも消費的というか映画的なノルマのようにすら見えてしまう。ビジュアルや大まかな流れはセリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』そっくりで多くの人が比較していたが、"時代に翻弄される云々"という想像し得る展開を踏まなかったことは評価したとしても、他のテーマが乱立していてそれぞれに対する繊細さに欠けていたのも事実である。期待しすぎただけなのかもしれないが、いまいちピンと来ず。

追記
分厚い雲に覆われたどうしようもない灰色の世界が、最初のセックスの次の場面から太陽の登場する明るい世界に変わっていて、感傷の誤謬にしてもやりようがあるだろと思った。しかも、これみよがしに海に入って逆光太陽越しにキスするって…
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