幽斎

アナザーラウンドの幽斎のレビュー・感想・評価

アナザーラウンド(2020年製作の映画)
4.2
レビュー済「残された者 北の極地」触れてますが、デンマークの至宝Mads Mikkelsen様にお会いした事が有る。ジャパン・プレミアで来日した際に京都に立ち寄られ、ヘルシーな鶏白湯ラーメンで有名な「麺処むらじ」。女性店主が路地裏で営む隠れ家的名店。風情漂う祇園の町屋がシャレオツ。京都のミニシアター、京都みなみ館で鑑賞。

ノルウェーの哲学者Finn Skårderudが提唱した「血中アルコール濃度を一定に保つと仕事の効率が良くなる」が元ネタ。20年前に出版した著書の中でワインの心理的効用に関する文脈で「ワインを1~2杯飲むと何かの問題か気付く。人はアルコールが0.5%足りない状態で生まれた」医学的なエビデンスが無い事は皆さんも薄々感じてるでしょう。「酒は百薬の長」も根拠ない言い訳。貴方には「一杯は人、酒を飲み、二杯は酒、酒を飲み、三杯は酒、人を飲む」故事を送りましょう。

私も京都人だから、と言う訳では在りませんが基本は日本酒、ビールは一切飲みません。関係ないけどタバコも吸いません。EUで最も酒を飲む国がデンマーク、年齢要件が無いので購入は16歳以上でも、飲酒は未成年でも公共の場で可能。日本の「お酒は二十歳を過ぎてから」理に適っており、今回の成人年齢の除外項目にも入らなかった。脳に関して未成熟だとアルコール依存に為り易く、老人に為ると再び高く為る。アルコール依存症は立派な精神疾患、酒を飲んで車を運転するのも立派な精神病。アルコールは麻薬と同じ依存性薬物。少量のアルコールは心筋梗塞を減らす効果も有るが、日本のアルコール依存患者が100万人以上居る方が遥かに重い。脳に直接作用するアルコールは、特に出産する女性の飲酒に問題が多い。

デンマークを代表する俳優と言えば、マッツ様。「残された者 北の極地」」中々の劣悪環境でしたが、本作の役柄同様にチャレンジングな役にも果敢に挑戦する役者魂は素晴らしい。同じくデンマークを代表する「偽りなき者」Thomas Vinterberg監督+マッツ様のコンビは、公開前から賞レース確実と評価され、アカデミー国際長編映画賞、セザール外国語映画賞と文字通り世界中を酔わせた(笑)。正直、お酒を飲む人と飲まない人ではオーディエンスの差は歴然だろう。COVIDで世界中の人が引き籠り、その影響も有るのかなと。

日本人から見れば教師が飲酒した状態で授業をする事自体に、抵抗感を抱く人が大半と思うが、本作のテーマは「喪失感の残像」。人は長く生きた結果として何が楽しいのか?。生徒とも家族ともコミュニケーションが取れない中、酔っぱらった中年男が子供の様に戯れる。そして仮説が免罪符と為り、単に酒が飲みたいだけの欲求を覆い隠す。「飲酒量が限界を超えた時、心が浄化されるかもしれない」←これが名言だと感じた方は、一度病院で受診する事をお勧め(笑)。

アルコール依存の初期は「鬱」、本作は過度な飲酒が人生に及ぼす悪影響を描き、酒との距離感を考えよう!と上辺だけの綺麗事を描いてる訳では無い。アカデミー国際長編映画賞はダテでは無く、秀逸なのは裏テーマ「Toxic Masculinity」トキシック・マスキュリニティを描いてる。トキマスを一言で言えば「男らしさの呪縛」、例えば男だから泣いてはいけない、男だから女性に奢らないといけない(笑)等々。世代間で明確に違いは有ると思いますが、ダイバーシティは日本でも他人事では無い。

本作も仮説を鵜呑みにして論文を書こうと意気軒高だが、その裏返しとして現実からの逃避。酒を飲んでるだけでは己の惨めさが際立つ、為らば実証実験を建前に「男らしさ」を自ら演出。体裁を取り繕う事で「男らしさ」無意識に保とうとする。結果として自分が傷つかない様に酒の力で逃げてるだけ。この文法を紐解けば、酒に依る依存だけでなく、男らしさの依存に対する明確なアンチテーゼを描いてる。

一見すると「Homosocial」ホモソーシャルを描いてる様に見えるが、トキマスとアルコール依存を並列に語る事で、上辺のテーマ「過度な飲酒が人生に及ぼす悪影響」活きてくる。酒に溺れるとか言いますが、そんな美辞麗句では無くソレこそ依存で在り「沼」でも有る。問題なのは「沼」が個人で自己完結しない事。既に述べた通り周りへの影響は深刻で、子供には精神的に、妻からは暴力的に、会社では職を失う危機に。月並みだけど社会問題として提起するのも、映画の使命かと思う。

日本人はアルコールの分解酵素が欧米人に比べて少ない、つまりお酒に弱いと言われますがコレは事実。アセトアルデヒドを分解する酵素、具体的にはALDH2の欠損。日本人の45%はALDH2を持たない、若しくは働きが弱くアセトアルデヒドが貯まりやすい。遺伝的性質とも言えますが、日本人が45%とすれば、アメリカで5%、スウェーデン、フィンランドは0%と差は歴然。酔った状態で海に飛び込むと浅瀬でも高確率で溺死する(意味深)。

マッツ様に酒を飲まして躍らせると言う、ファンからすれば「マッツ様しか勝たん!」と為る訳ですが、最後の最後でスリラーをブッ込んでキタのは驚いた。凡庸な表現で言えば、人は孤独では無いと叫ぶ人間賛歌だが、SNSで会話するのが当たり前の今の時代感で、人と真正面に向き合う大切さを教えてくれた。マッツ様の娘役はVinterberg監督の娘 Maria Vinterbergが演じる筈だったが、撮影の4日後に車に轢かれて亡くなった。監督は本作を作る事を断念するが、脚本を書いたTobias Lindholmの強い説得で完成に扱ぎ付けた。エンドロールで彼女に捧げられてる。

ラストは希望なのか?、それとも絶望なのか?。是非お酒を飲みながら観て欲しい。
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