Itotty

ボヤンシー 眼差しの向こうにのItottyのネタバレレビュー・内容・結末

3.8

このレビューはネタバレを含みます

カンボジアの貧しい農家の少年は、稼げる仕事があるという情報だけで家を飛び出します。

恐らく教育も満足でなければ、判断できるほどの情報もない。インターネットもない。だからただ現状よりも良い生活があると信じるしかないんでしょうね。もしかしたら、騙されるという経験も多くないからかもしれません。
私たちはニュースなどの情報を通じて世の中にはとことん悪い奴がいるって知ってるから騙される前から気をつけられますが。

主人公は寡黙で、親にも相談せずに、一人で旅立ちます。
最初こそ乗っていたバイクで自由を謳歌したような姿が見えますが、突然荒野に降ろされ、夜暗くなるまで待たされ、そしたら急に現れた車にすし詰め状態で乗せられ、タイまで移動。
パイナップル農園などと軽く言われてましたが、行き着いた先は、船。
すぐに漁の仕事が始まります。
が、それは逃げることのできない奴隷のような生活の始まりでした。。。

高圧的な船長達。出稼ぎできている人のことは、人としては扱ってくれません。体調不良で休んでたり、逃げ出そうとする人がいようなら、死をもって罰を与える。
出稼ぎメンバーには、食事として白米と海水?しか与えられず、誰もが生力のない目をしていました。
セリフやBGMがとことん削ぎ落とされた映像からは、この先に何が起こるのかが全く見えない不安が伝わってきます。


そして、同僚が次々といなくなった先に、意を決して立ち上がる主人公。

所詮、この世は弱肉強食しかない。
自分のことだけを考えて生きるしかない。

そう悟ったのだと、その表情からわかります。船長らに立ち向かう姿は、暴力的であり、吹っ切れたように見えました。

その時、私は船長のいくつかのセリフを思い出すのです。
おれも14で漁に出た。
(同僚を殺した時に言った)男になったな。
そう、結局はこの船長も、主人公と同じような道を辿ってきただけなのかもしれない。よく考えたら船長だって決して裕福ではないし、もとは底辺からあらゆる手段でのし上がっただけなのではと。誰かに優しさを与えられるほど裕福でもなく、今の自分の立場を維持するために、権威的に振る舞うしかないのではと。


最終的に自由を手に入れた主人公がこの先にどんな道を歩むのか、そこまでは映されていません。ただ現実もそうであるように、このようなことがあったとしても勧善懲悪のすっきりした終わりにはならないのだと感じました。



貧困や教育、きっとあらゆる問題が絡み合った世界の一部を切り取った映画でした。
これを見て何をどう感じれば良いのか。

20になる前に、初めてカンボジアに旅した時、先進国のゴミでできたゴミ山や、児童売春街の存在を知り、現地の匂いや空気を感じた時の衝撃も徐々に薄れつつある。あれから10年以上が経ち、自らもまた、誰かにそこまで優しさを与える気持ちの余裕がなくなったのだろうか。自分だけに精一杯になっては、生きることはできても、幸福に生きることはできないのかもしれない、と考えさせられた。


別に遠く海外でなくても、昨今の外国人実習生の事件など、国内でも同じ構図は存在していて。いじめもそう。他人事じゃない。

憎しみの連鎖を、少しずつでも、優しさの連帯に。
そんな世界を願う。
Itotty

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