ボヤンシー 眼差しの向こうにの作品情報・感想・評価

上映館(19館)

ボヤンシー 眼差しの向こうに2019年製作の映画)

BUOYANCY

上映日:2020年08月07日

製作国:

上映時間:93分

あらすじ

「ボヤンシー 眼差しの向こうに」に投稿された感想・評価

くう

くうの感想・評価

3.7
ベルリン国際映画祭パノラマ部門上映作品ということで、風景は美しい、美しいけれど、美しいほど現実の酷さがハンパない。

14歳の少年が搾取され続ける労働苦。貧しさもヒエラルキーもどんな国にも階層にもある……理不尽社会が怖いほど描かれる。

カンボジア版「蟹工船」。途中からホラーを見ているような気持ちにすらなってきた。状況が状況なので「海にかかる霧」も思い出す。

金がないどころか愛も無い労働は劣悪のひと言では済まされない。ラストまで苦さしかない。
じゅ

じゅの感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

純粋に実情を訴える話として捉えるならば、最後に語られた通り、東南アジアの漁業における奴隷労働の残酷さの話。その被害者の数は20万人に上るとのこと。
あくまでそれを基にした物語として捉えるならば、人に壊された人間が人を壊す惨劇の連鎖の話と思われる。"壊す"という言葉は物理的・一意的とは限らず。Buoyancy(浮力)の意味になぞらえると、周囲を蹴落として上り詰めていく意思を得てしまった少年の話みたいなことかなあ。このタイトルの意図するところが上手く掴めていない。


とある少年が故郷の村を抜け出して工場に出稼ぎに行くはずが、騙されて漁船で奴隷労働を強いられる。その過酷さに少年の心が壊されていく。少年は気にくわない他の奴隷や船長含む乗組員計4人を殺害し、船を降りる。

純粋に東南アジアの実情を訴える話として捉えると、少年の視点で描かれる現実が痛ましい。
冒頭では、子供を学校へ通わせられる家庭とそうでない家庭との社会的格差であったり、少年と家庭内での権力が強い兄との家庭的格差が浮き彫りになる。
船に乗ってからは、人を人とも思わない船長たちが平気で奴隷を殺す様や、奴隷にされた者たちが我先にと船長に媚びたり足を引っ張り合ったりする様が生々しく描かれる。

あくまで物語として捉えるならば、船長が次の"船長"を創り上げる話にとれて、少年の行く末が切なく感じられる。
船長は14歳で海に出てあらゆることを経験したというようなことを言っていたが、当時はまさにこの少年と同じ境遇だったのかも。大人に騙されて船に乗り、前の船長に唯一の友人を殺すのに加担させられたり、邪魔な奴隷を殺したりし、海に死体が浮いていても何とも思わない人間に創り上げられたのだろう。
そう思うとおそらく少年の闇堕ち&船に残留ルートが船長といったところか。少年自身もおそらく徹底的かつ不可逆的に心をやられたから、船からせしめた金を原資に別の商売で船長みたいな存在になっていくのかも。
30-40年後にはこの少年も後釜みたいな人間を創り出して殺されるのだろうか。


映像の面では、大海原を進む漁船を引きで撮ったカットが印象的だった。
遠くの水平線は船の行く末であり、なんとなく死を連想する。そうするとちっぽけに浮かぶ船は奴隷にされた者か。その水平線まで船の行く手を阻むものは何もなく、ただ大きな力に流されていっているように見えてくる。その画は、彼らの命が、誰にも知られず、故に手を差し伸べる者もなく、ただ失われていく様を思わせる。

というか少年、桟橋の傍に船停めるのめっちゃ上手かったな。
[自ら浮力を勝ち得るには] 60点

家族の営む米農家から独立することを望む14歳のチャクラ少年は、仕事を求めてカンボジアからタイに密入国し、そのままトロール漁船へ奴隷として売り飛ばされる。船の上のみで22時間近く活動し、狭い塒に押し込められ、反抗する者は海に投げ捨てられる。昨年のベルリン国際映画祭パノラマ部門に出品され激賞された本作品は、Rodd Rathjen長編デビュー作でもある。また、オーストラリアの作品でありながら、クメール語とタイ語しか使われない作品でもある。

船上では、いずれペットフードになる雑魚を船に空いた穴にぶち込み続ける仕事を延々と続け、時たま捕獲できる大魚を船長に持っていく仕事も発生する。チャクラは他の船員に比べ、無表情かつ無感情に仕事を遂行するために船員たちから気に入られていき、他の奴隷たちは彼に嫉妬の目を向け始める。自分の安全を確保するため、チャクラ少年は船員たち以上の異常性を覚醒させていく。船員たちのいる操舵室は奴隷たちの働くデッキから見上げる形になっていて、何度も登場する印象的な視線のパワーゲームがこの間で繰り広げられる。そして、デッキの下にある穴に名前すら分からない小魚を棄てるように入れることで、それがあたかも自分自身であるかのような錯覚すら与えていく。

興味深いのは周りにある海が"死"の象徴として使われている反面、チャクラは立ち寄った漁港で海に浮かんでいたり、スクリューに引き込まれた網を切るために海へ潜ったり、誰よりも死へと自分で近付いているようにも見えることだろう。"浮力"というタイトルは、沈んでいく死体や穴に落とされる雑魚に反抗し、水面から出ていこうとさえするチャクラ自身を指し示しているのかもしれない。こうして、映画は"落ちる"ことに反発して"浮く/登る"ことを求め続ける少年の後を追い続ける。

全体的にやや寓話的というか説明的な教訓物語みたいな側面が強いように思えるが、長編デビュー作として社会問題と芸術性をここまで両立出来るのであれば今後を期待するしかなさそうだ。