しん

親愛なる同志たちへのしんのレビュー・感想・評価

親愛なる同志たちへ(2020年製作の映画)
3.8
ソ連の一地方都市の行政官の話です。形式だけで労働者の声を聞き取らない評議会、保身に走り重要な情報や提言をしない下級行政官、普段は全く取り合わないにも関わらず有事には介入して無駄に問題を大きくするモスクワと書くと、よくある社会主義の腐敗の映画かなと思ってしまうかもしれません。しかし本作は、そんな安易に括ってしまってはいけないと思います。

本作の主人公は地方行政官の女性で、娘は労働者として賃下げと闘うストライキに参加しています。主人公にとってこの娘の行動は、自分の心情や現実(ソビエトへの忠誠)と娘への愛情とを引き裂く行為であり、このストーリーに深みを与えています。ただ、そこで愛ゆえに自由を渇望するといった物語にならないところが、さらに素晴らしい点と言えます。
本作で主人公が繰り返すのが「スターリン」への憧憬です。あの時代はよかった、なぜなら「敵と味方がはっきりしていた」からと。フルシチョフのスターリン批判によって、味方の中にも敵がいる(と彼女が感じる)状況になっていこう、彼女の悩みは深まります。この悩みを真摯に受け止めないと、私たちはいつまで経っても「敵と味方」という区分を超えることができないでしょう。

さらに本作ではKGBと国防軍、モスクワと地方組織などの対立がうまく描かれています。ここで重要なのが、どちらかが良いという単純な話では無いということです。ありがちな作品としては、モスクワに抗った地方行政官とか、KGBを止めた軍みたいな構図ですが、ことはそう単純ではありません。保身と野望、理想と現実の狭間で苦悩する官僚や軍人たちは、最悪の選択に身を委ねていきます。スターリンやフルシチョフといった大きな主語だけで語れない「凡庸な悪」の本質が垣間見えます。主人公も娘がそうでなければどう考えていたか、推測すると怖くなります。

モノクロで描かれていながら決して単調ではなく、それでいて不気味な「踊り」が繰り広げられる本作は、民主主義の衰退を望む声が大きくなる国際社会を考える上で、大変示唆に富んだ内容となっていると思います。
しん

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