ルサチマ

空に住むのルサチマのレビュー・感想・評価

空に住む(2020年製作の映画)
5.0
7年待った青山真治の新作をスクリーンで、そして青山の生存を直に舞台挨拶で確認できて良かった。問答無用の2020年最高傑作!!!

終始、重力を徹底して映そうとする試みが、終盤、多部未華子が自宅の高層マンションへ向かう階段を軽やかに、その一段一段を丁寧に登る足取りの身振りの美しさへと繋がった瞬間に青山真治の演出家としての素晴らしさを改めて思い知らされる。

多部未華子が勤める古民家の出版社に向かう最初のシーンから、勤め人たちの儀式化された立ち振る舞いに青山映画を観ている喜びを感じ(わざわざ靴を脱ぐことを見せることは儀式以外の何ものでもない)、あれよあれよと動く人間に合わせて気持ちよくカットが切り替わるかと思えば、マンションの中でなされる編集はといえば、時間と空間の断絶だけにカット割への意識がなされているのが素晴らしい。芝居の身振りとカメラ、そして映画の編集をそれぞれに意識を変えてそれぞれをグラデーションの中で実践していくことの見事さ。

時間の経過しか分からないマンションの中で、猫のハルがその素晴らしい身振りをカメラの前で収める時に限りこのマンションは地上の重力を画面に与えながら確かな時間が流れている安らぎを見るものに与えてくれる。

ハルを亡くしたとき、多部未華子にはどこに時間と空間を引き寄せるのか。『東京公園』であればその樹木の蓄積された時間が人々を引き合わせるのだとしたら、今作はタイトルに相応しく、これから移りゆく遥かかなたの空を自分の地にしようとする(他についた古民家でなされていた芝居の編集を空に届く高層マンションで実践する)ことへと意識が向く。

岩田を呼び出して成す取材の映像編集はまさにカットの切り替わりへの意識を極めて曖昧にさせる微細なもので(しかし立ち位置が確実におかしい)、録音をさせることでよりその流れる時間を意識させる。ハルとのシーンが挿入されたときには、まさにこの時間を最大限に意識させる。

マンションを地上へと接近させる試みは、突然それまでの質問から「最後の質問」に移行するときの時間の経過とともに、明らかな映画の嘘が実践され、録音は止められ、時間の意識もともに終わる。しかしそれは空と地上への接近への失敗というものではなく、時間と空間の曖昧さに身を任せることを受け入れるような仕草がワインを飲むことと録音機を止めることに見出せる気がしている。

あの階段を登る軽やかさと確かな足取りの重さは、多部未華子がその身体でその曖昧な時間と空間の流れを体現して見えたのは、個人的な思い込みによるものではないハズだと信じている。

菊池信之による素晴らしい音響や清水剛による美術はもちろんだが、今作の空間を見事に生み出した照明: 松本憲人に向けられたクレジットに号泣する。

この映画の完成をさせた青山真治とスタッフ、キャストを心から尊敬する。
ルサチマ

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