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サン・セバスチャンへ、ようこそのnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.7
 どんなに類まれな才能を持つ人でも一番怖いのは自分の「死」であり、「老い」であることは想像に難くない。老いて来ると人は鬱々とし始め、若者の若さにただただ嫉妬する。それは単なる若さに過ぎず、才能は俺の方が遥かに上だとほざいてみたところで、年には勝てない。それは私がウディ・アレンのここ20年の新作を観る度に想うことであり、『ブルー・ジャスミン』辺りはその鬱々としたウディ・アレンの感情が爆発した問題作だったが、今作でも老人となった主人公は明らかに屈折している。ニューヨークの大学で映画学教授を務める売れない作家のモート・リフキン(ウォーレス・ショーン)は、妻スー(ジーナ・ガーション)に同行し、スペインのサン・セバスチャン映画祭に参加する。妻は有名なフランス人監督フィリップ(ルイ・ガレル)の広報を担当しているのだ。だが、リフキンが映画祭に同行したのは、ある理由があった。いつも楽しそうな2人を横目に、妻の浮気を疑っているという展開がいつものウディ・アレンあるあるで、しょうもない痴話喧嘩以上の何かを期待した我々には、極めて通俗的な感慨しか生まれない。

 若い妻を娶ったウディ・アレンの悲哀として観れば笑えるのかもしれないが、metoo運動以降の世界線となる現在ではとても笑えるはずがない。戦前の映画へのリスペクトあるタイポグラフィーや、ウディ・アレンが敬愛するヨーロッパの映画監督への憧憬が垣間見えるメタ演出が今作のカギなのはシネフィルだから百も承知なのだが、8割方埋まった客席の誰一人としてクスリとも笑っていなかった。松本人志と吉本興業は初動を見誤ったが、鬱々とするウディ・アレンもまた、世界の趨勢を見誤った権力者の1人として極めて凡庸な姿を晒す。無邪気なオマージュと呼ぶにはあまりにも脳がないオーソン・ウェルズの『市民ケーン』やトリュフォーの『突然炎のごとく』やゴダール『勝手にしやがれ』やクロード・ルルーシュ『男と女』、はたまたルイス・ブニュエルの『皆殺しの天使』やベルイマンの『仮面/ペルソナ』や『第七の封印』に無邪気なオマージュは、どこまでが本気なのかがさっぱりわからない。年老いたかつての巨匠の気の迷いというつもりは毛頭ないが、すっかり焼きが回ったかつての巨匠の人生への足掻きが、極めて凡庸なタッチで綴られた心底とち狂った作品に違いないのだが、それにしてもあぁと思う様な作品である。
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