somaddesign

Mr.ノーバディのsomaddesignのレビュー・感想・評価

Mr.ノーバディ(2021年製作の映画)
5.0
公共交通機関ではマナーよく
不機嫌なオッサンには近づくな

:::::::::::

自宅と金型工場を路線バスで往復する毎日を送っているハッチ。地味な見た目で目立った特徴もなく、仕事は過小評価され、家庭では妻に距離を置かれて息子から尊敬されることもない。世間から見ればどこにでもいる、ごく普通の男だった。そんなハッチの家にある日、強盗が押し入る。暴力を恐れたハッチは反撃することもできず、そのことで家族からさらに失望されてしまうのだが…。

:::::::::::

朝の通勤電車で車掌さんとは別に自発的に車内アナウンスをする乗客がいて、勝手に心の中で「車掌(インディーズ)」と呼んでいる。そういえば、コロナ禍になってから見かけない。お元気だろうか?
他にも、車内で虚空に向かって「日本の技術が海外に盗まれる!売国奴!」と激怒するオジサンに遭遇したことがある。延々絶叫した挙句、車内の乗客に向かって「よーし、みんな俺の子だ!!」て叫んだ。急に父親が増えてしまって、大変狼狽した思い出。
ことほど左様に、交通機関で不機嫌なオッサンは近づかないに限る。


「舐めてた相手が殺人マシン(ナーメテーター)」映画の最新型。最新だけど古典的。冴えない男が実は……って古典的な設定だけど、今作だと平凡で退屈な日常の豊かさを、非日常のアクション映画の価値観を通じて描いた感じ。延々と続くような毎日で、自分の人生を無価値に思えてきちゃう中年クライシスを、痛快に吹き飛ばす脳筋映画としてもサイコーだし、劇中の「家族は選べない」ってセリフに象徴されるようにファミリー映画でもあった(デッドプール2的な意味で)

デヴィット・リーチ(製作)とデレク・コルスタット(脚本)で、まんま「ジョン・ウィック」シリーズの座組み。座組みだけじゃなく構造もストーリーもほぼ「ジョン・ウィック」。犬が猫に変わった程度のセルフオマージュっぷりを自嘲気味に冒頭で明かしちゃうの面白かった。マフィアのボンクラ親族の蛮行にブチ切れるのが発端なのも同じだし、マイホームの襲撃シーン、親切な黒人案内人がいるのもそっくり。
キアヌ・リーヴスと違って、運動不足気味のおっさん体型の正真正銘のおっさんなので程よく弱いのもいい。ブランクの長さが感じられるし、彼がどういう覚悟で足を洗おうとしてたのかを思うと泣ける。

何処にでもいる平凡で退屈なオッサンが実は……って話の中心に、名脇役ボブ・オデンカークがいる勝ち確感。
「ブレイキング・バッド」と「ベター・コール・ソウル」でようやく名前と顔を覚えたくらい、オデンカークってたくさん活躍してて、そのどれもが印象に残るのに言われるまで思い出せない。モブキャラとして作品に溶け込むのが上手いのか、NPCのようで凡庸を演じる非凡さがすごい。なんなら今作で初めて『ボブ・オデンカーク』って名前覚えたかも。

主人公ハッチのうだつの上がらなさ・ペーソス溢れるキャラ造形に全精力を傾けたようなシナリオで、そっから先の暴れるための理由づけがいささか強引。ていうか、自分で種まいて家族を危険にさらしとるやんけ! 発端はともかく、あのバスに乗り合わせた人達すげえ流れ弾だし、ぶん殴られた悪漢たちにしたって過剰防衛の被害者っぽくて可愛そすぎて笑えた。(短絡的な暴力は自分も家族も壊す……暴力での解決を肯定しないメッセージでもあるけど)

父権が失墜して誰からも相手にされず居場所のない父親と、強健でファミリーをまとめ上げるボスの対比が面白い。主人公とヴィランが完全に逆転したキャラなのに、家族を思う気持ちが近いのもいい。大好きだけど大嫌い。近くにいると鬱陶しいのに、離れがたく断ち難い間柄。物語を通じて「父権の復活と失墜」て側面がある一方、〜らしさに苦しむ人達の話でもあって、最終的に本来の自分と社会生として求められる自分の姿の折り合いを見るける話として面白かった。主人公はハッチだけど、家ではパパで職場では経理のアニキ。居場所によって名前は変わるけど、本当はその誰でもないし、『会計士』の姿も多分違うはず。彼はこれから家庭人としての幸せと個人の幸せの折り合いを模索するんだろうなあ。

せっかく綺麗に終わったので続編はノーサンキュー。

32本目
somaddesign

somaddesign